【主張】インフルエンザワクチン卸価格の値上げ 接種率の低下は何をもたらすか

公開日 2015年11月15日

 予防接種の意義は、個人の感染・重症化の防止だけではない。多くの人が予防接種を受けることで集団免疫を高め、感染症のまん延を防ぐとともに子どもや高齢者、免疫不全の患者さん等の健康弱者を社会全体で守ることにある。

 しかし、ワクチンを希望する人にとって大きなハードルの一つが「接種費用」だろう。

 2001年から定期接種となった「高齢者インフルエンザ」でさえ、都内の自治体の多くが今年度の自己負担額を「2,500円」としており、国民年金の平均月額が5万円程度と言われる昨今、生活費や医療・介護などの支払いもある高齢者にとって容易に支出できる金額ではないだろう。

 一方で、千代田区や港区に加えて、今年度から渋谷区では「全ての定期接種対象者」を無料としており、その他の自治体でも「住民税非課税世帯」「75歳以上(72歳以上)」などを対象に無料で接種が受けられるところもある。さらに子どもなどの若年層については、任意接種に対して都内9つの自治体が独自に「一部助成」「全額助成」を行っており、こうした先進例は少しずつではあるものの増えつつあった。

 そんな状況に水を差したのが、今年度からのインフルエンザワクチン4価化に伴うワクチン卸価格の大幅な値上げだ。国はWHOの推奨も鑑み、従来の3価ワクチンに替えて4価ワクチンを導入し、近年のB型ウイルスの流行傾向(山形系統とビクトリア系統の混合流行)への対策を充実したとしている。

 しかし、「高齢者インフルエンザ」では多くの自治体が自己負担額「2,200円」から「2,500円」へ引き上げとなり、また若年層では自治体からの助成額が据え置きとなっているところが多く、価格上昇がそのまま被接種者の負担となるなど明らかな“後退”となった。

 子どもがワクチンを接種する際の助成がない自治体では、1人でも2回のワクチン接種に数千円、兄弟・姉妹が多いほどに接種費用の負担は重くのしかかる。子どもを持つ保護者からは、高額なワクチン接種の費用に比べて、子どもが罹患して医療機関・薬局を受診しても自己負担がないので接種は不要、という声まで聞かれる。

 今年はインフルエンザの流行が全国的に例年よりも早く、すでに8月末から学年・学級閉鎖が報告されており、今回の値上げによって接種控えが多くなると、今シーズンの流行への影響も懸念される。

 インフルエンザの流行が少なくワクチン接種をしなくても罹患しなかったとなると、予防接種の意義を忘れがちになる。

 しかし、季節性インフルエンザとはいえ、2005年では国内で年間1,818人もの死亡例が報告されており、さらにインフルエンザに罹患した場合の“経済的損失”や、インフルエンザ脳症で命を落とす子どもがいることも忘れてはいけない。

 先の麻疹や風疹の流行を見ても、平時からの対策が何よりも重要であることをわれわれは知っているはずだ。価格の話題に目がいきがちであるが、今こそインフルエンザワクチンの意義について考える必要があるのではないか。

(『東京保険医新聞』2015年11月15日号掲載)