【主張】医療現場から見た避難計画――原発再稼働は許されない

公開日 2015年02月15日

 原発直下にあった福島県大熊町の「双葉病院」が原発事故直後の混乱に巻き込まれて被った被害は、あまりにも残酷な事実だ。われわれは、原発事故が発生した場合の教訓として、東京電力福島第一原発事故後の双葉病院の避難経過を改めて検証する必要がある。

 原発事故は通常の事故と違い、遠方に避難する必要がある。健康な人でも、長時間にわたる避難行動が必要であり、まして入院中の患者さんや眼の見えない人、歩行困難の障がい者や寝たきりの人達を置き去りにして、避難できるだろうか。

 ここで、双葉病院の経過を改めてたどってみると、震災直後、電気、水道、ガスがすべて止まった。病院の建物は無事で、入院中の患者さん、職員に怪我はなく、海岸から離れていたので津波の心配もなかった。しかし、原発事故が発生し、避難指示区域が半径1km圏内から、半径2km圏内になり、さらに半径10km圏内へと拡大したために双葉病院も避難せざるを得なくなった。

 病院に留まっていても救済の余地がないと判断し、大熊町に避難の要請をした。しかし、大熊町は要請があるまで、双葉病院の状況について知らなかったという。最初の受け入れ先は寝たきりで経管栄養や点滴の患者を受け入れているという情報がなく、入院患者209人は避難できたが、置き去りにされた98人は高齢重症者で受け入れる所がなく、長時間かけて避難先を転々として夜中の1時に到着し、搬送中と搬送後に21人が相次いで死亡した。

 ノンフィクション作家・森功氏の調査によると、鈴木院長の話として、院長の知らない間に、230kmもの長距離をたらい回しにされた挙句、高校の体育館に運ばれた。直線距離にすると約30km位だという。

 この事実の反省に立って検討するならば、原発立地はいずれも辺鄙で交通不便な地域である。しかも、既に再稼働が許可になった薩摩川内原発は、避難経路に関しては自治体まかせである。われわれ医療従事者が、震災時の双葉病院の院長の立場になった時、どのように対処すればよいか、他人ごとではない。協会会員のなかには在宅医療に従事している方も多い。万が一に備えて、在宅の患者さんの避難方法も念頭に置かなければならないのではないか。

 同じ災害でも原発以外の災害は、いずれ元の地に戻ることが可能だが、放射能で汚染された地域ではそれは不可能であり、さらに20km、30kmと遠方に避難しなければならない。新たな生活環境も整備しなければならない。

 福島第一原発の場合、当初、半径1km圏内から半径3km圏内へと避難地域が拡大し、最終的に半径30km圏内が避難区域となった。今後も半径30km圏内を想定した場合、人口の多い市街地が避難の対象になり、避難時人口は10万人単位となる。しかも、いくつかの市町村が関係し、県や国レベルの問題だ。したがって、避難経路や体制の整備は当然政府が行う責務がある。

 朝日新聞デジタル版(2014年4月24日)によると、浜岡原発で重大事故が起きた場合を想定した静岡県発表のシミュレーションによれば、原発から半径31km圏にいる86万人が避難し終わるまでに32~46時間かかるという。避難指示の18時間後に爆発した福島第一原発事故と重ね合わせると、「一部住民が被曝する可能性が高い」という。現状の避難体制は医療現場から見てもずさん極まりない。原発の再稼働は到底許されるものではない。

(『東京保険医新聞』2015年2月5日号掲載)