【主張】医療事故調査制度をめぐって――真の意味での「医療安全」を

公開日 2014年11月25日

 2014年6月、通常国会で医療事故調査制度創設を含んだ医療法改定案が可決され、10月末、実際の運用を規定するガイドラインを策定するための「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が発足した。

 いよいよ医療事故調査制度の問題も剣ヶ峰、最終コーナーを回った。

 医療事故調査にかかわる事例の歴史を振り返ってみよう。1990年代に全国の病院で単純ミスともいえる医療事故が頻発するようになり、医療事故に対する国民的な関心が高まっていた。1994年5月「日本法医学会異状死ガイドライン」が発表され、これがきっかけとなって、医師法21条の拡大解釈が広がっていく。

 1995年~厚生労働省作成「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」、2000年8月「厚生労働省リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成指針」、2002年7月「日本外科学会ガイドライン」と続き、医師法21条の拡大解釈が医療界に広まっていった。

 すなわち、異常な(想定外の)経過をたどって死亡した症例は、あまねく警察に届けなければいけないという風潮となった(もちろんミスリードであった)。そのため、警察への医療事故関係の届け出事例は爆発的に増加し、医療訴訟、医療紛争(示談等)も桁違いに激増した。

 そういった世相を反映して2008年、国会でも動きがあり「医療事故調第3次試案・大綱案」が当時の与党自民党から提案された。しかし、幸いにも政権交代があり、審議は途中で中断となった。

 2008年6月に提案された厚生労働省大綱案は、1)行政による医療事故調査機関(行政権、行政処分の拡大)。2)事故の疑いがあれば、全て強制的に報告させ調査対象とする。3)捜査権限の拡大、協力しないものには処罰あり、事故の責任を明示した報告書の交付、警察への通報といった責任追及にシフトした調査方法であり、医療崩壊に拍車をかけるような制度設計であった。

 医療事故が発生した場合、特に重要なのは医療者の「遺族への誠実な対応」であることは明らかである。

 しかし医療事故の問題は、国の医療費抑制政策とも無縁ではない。医療環境の悪化、医師や事故当事者の患者家族に対する態度の問題、患者遺族の感情的なもつれ、補償問題、一部の医療訴訟で稼ごうという弁護士など様々な要因が複雑に絡み合っているため何が問題点なのか、医療の当事者にとってもわかりにくい。

 そのような中で、2004年各国の医療安全の専門家がWHOに集結して「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン」が作成され、2005年からホームページで公開された。

 この「WHOドラフトガイドライン」の素晴らしいところは、報告制度には「学習」を目的とする制度と「説明責任」を目的とする制度の2種類があり、一つの制度に2つの機能を持たせることは困難であると指摘していることである。医療安全のためには、学習型のシステムでなければならず、非懲罰性、秘匿性、独立性が高度に担保されなければいけないと指摘している。

 われわれ東京保険医協会は、医療事故調査制度が「医療安全」を目的としたものになり、「WHOドラフトガイドライン」を参考に制度設計するよう主張してきた。医師法21条の適正な解釈のための啓蒙活動にも尽力してきた。

 厚生労働省もその進路を「医療安全」の方向に舵を切りつつあるようにもみえる。しかし一部自民党議員のなかには、旧大綱案待望論も残っており、まだまだ油断はできない。そして、もっと大きな問題は、現場の医療関係者の関心の低さである。

 仮に医療事故調査制度が「責任追及」にシフトした場合、ある日突然、事件、紛争に巻き込まれ、人生が終わってしまう日が誰にでも訪れる可能性がある。

 国民医療の向上に資するためにも今が正念場である。

 「医療安全」を目的とし、非懲罰性、秘匿性、独立性を担保した制度設計にすることによってはじめて、医療崩壊を阻止し、日本の素晴らしい医療制度を次の世代に受け渡すことができるのである。

(『東京保険医新聞』2014年11月25日号掲載)