【主張】なぜ、保育園に入れないのか――小学校に入学できない子はいない

公開日 2016年10月15日

 認可保育所への入所を希望したのに入れなかった子が、「厚生省の調べ」でも6年連続で2万人を超え、これ以外に育休延長や認可園以外に預けたなどの「隠れ待機児」が6万7,354人いると、今年4月に公表された。満足して安全に過ごせない子が、認可園に入所を希望した子だけでも9万人もいるという深刻な事態である。

 実は、これには自営業や、祖父母との同居や、今、母が職についていないなど「ポイントが足りない」ために申請をあきらめた親の子の数は入っていない。

 子の必要性で保育を提供するのでなく、安倍政権が昨年からはじめた、親と施設との契約で保育園を利用させる「子育て支援新制度」によって、「待機児童問題」は、特に都市部で急速に増悪したのである。

 20年も前から「保育園の不足」を民営化などにより増幅させてきたが、さらに現政権は既存の認可園への水増し入所、認可外の施設の基準引き下げ等を押しつけているのである。

「待機児問題」の処方箋は単純である

 「待機児問題」解決に必要な処方箋は単純である。児童福祉法24条1項に基づき、国が責任をもって、必要な子すべてに自治体の保育所保育の実施を補助できる政策をとることである。

 どれほど子どもの数が「増加」しようが、地価が高かろうが、小学校に入学できない子はいないではないか。わが国の保育所でできないはずはない。現にEU各国では、未就学年齢の子の保育事情を調査し、95年以後GDPの1%以上を拠出することを義務づけ、希望するすべての子の保育を実施しており、こうした姿勢により少子化を克服しはじめたフランスなどの先進国も出現しはじめている。もちろん保育園職員の給与体系は小学校教諭と同じである。

 それに対し、わが国の予算はGDP比0.45%であり、保育園職員の平均年収は小学校教員の6割で、全産業平均より166万円も少なく、慢性的な人員不足を続けている。また、認可保育園ですら、子どもひとりの保育者数、面積などはEUと比較にならない状態である。

集団のなかで育まれる児の成長

 わが国でも、経済構造が変わり、農業などの一次産業主体から地域崩壊・核家族化がはじまった時代には、「ポストの数ほど保育所を」との掛け声で、地域に結びついた多くの保育所がつくられていた。GDP比も1%を超えていたといわれる。当時から「人々に支えられ生き生きと働く父母と子どものなかま」が、子の健康な生育に不可欠であると、乳幼児期のケアと教育の大切さは直感的に理解されていた。

 現在、国際的には、子どもへの財政的支援は早ければ早いほど大きな効果を持つという科学的データが集積されてきている。その中身はIQに代表される認知機能ではなく、好奇心や集団への参加能力などの非認知機能=健全な大人集団、子ども集団のなかでの「あそび」の体験の重要さであることが分ってきた。生涯年収と就学前教育の程度が相関するとさえいわれている。

乳幼児期の保育や教育は公共財産である

 日本は男女間格差がOECD34カ国でワースト2位である。理不尽な経済格差が広がり、しかも貧困の世代間連鎖が恐れられているなかで、出産により職場仲間から切り離された母親の「保育園落ちた。日本死ね!!」との叫びが、抱いている子と一体になっての怒りだと人々の共感を呼んだ。

 認可園以外の施設における子どもの事故も、認可園の60倍になることが、明確になっている。予算も増やさず、認可園への水増しの入園や、保育職員も「子ども一人当たりの有資格者数が半分でいい」という企業主導型保育施設などで糊塗するなど許されることではない。

 国の責任で、「子の人権」を守り、早急に保育体制を整備すべきである。

(『東京保険医新聞』2016年10月15日号掲載)