【主張】患者申出療養を考える―貧富の差が医療の格差に直結

公開日 2016年11月04日

 公的保険診療と保険外の自費診療を組み合わせて、同時に行うことは混合診療と呼ばれ、本来なら保険が使える部分も含めて、全額自己負担になります。

 これは、混合診療を無制限に認めると安全性、有効性を確認されない医療が蔓延し、さらには患者に保険外負担を求めることが常態化することで、患者負担が不当に拡大する恐れがあるからです。また、自由診療を下支えする公的医療保険の負担も大きくなります。

「高い薬は自費、安い薬は医療保険で」

 いま、薬価が高いと問題となっているオプジーボは、保険財政上の問題から、適用となる患者の範囲が制限されようとしています。混合診療の拡大が進むと、「高い薬は自費、安い薬は医療保険で」となってしまう恐れもあります。混合診療は公的医療保険の給付範囲を制限する仕組みでもあります。

あきらめない「規制改革会議」

 ところが1996年、経済界や産業界の意見を述べる「規制改革会議」から、混合診療の全面解禁を強く求める意見が出てきました。この要望に応えて2006年から、患者の選択肢を増やすという名目で「保険外併用療養費制度」が始まり、混合診療の一部が認められるようになりました。

 現在認められている混合診療には2つあります。1つは「先進医療」や「医薬品、医療機器の治験」などの高度で新しい治療で、保険診療に採用するかどうかを評価するという意味から、「評価療養」と呼ばれています。もう1つは差額ベッド代や予約診療など、治療のアメニティー部分にかかわり、将来的にも保険診療に採用しないもので、「選定療養」と呼ばれています。

患者が選択した医療というが

 医療を営利事業とみなし、利益を生む構造に変えようとする規制改革会議は、2014年3月「選択療養制度(仮称)」を提案しました。この制度は患者が「選択」した治療について、患者さんと医師の間で契約書を作成すれば、「実施の可否を極めて短時間に判断する」としており、実質的に混合診療の全面解禁に近いものでした。

 医師と患者の間には大きな情報格差があります。また過去には医師が自由に投薬できることによって多くの難病患者の生命と健康に大きな被害が生じた歴史があり、その時代への逆戻りは許されません。国内最大の患者団体である「日本難病・疾病団体協議会」(78患者団体、構成員約30万人)は、すぐさまこの制度に反対する声明を発表しました。

安全性や有効性が確認されない治療が横行する

 2014年6月、規制改革会議は急きょ「患者申出療養」に名を変えて答申を出しましたが、先の選択療養制度の延長線上にあるものでした。

 その仕組みは、患者さんが未承認の薬や医療機器による治療を望めば、臨床研究中核病院が混合診療の申請をおこない、国は安全性・有効性を2~6週間で審査します。さらに一定の基準を満たせば、身近な医療機関でも実施できるようにする、としています。

 これでは臨床研究中核病院を利用して、国内で実績のない治療が市中病院や診療所に広がり、安全性や有効性が確認されない治療が横行する危険があります。これはほとんど混合診療の全面解禁であり、国民皆保険制度の崩壊につながります。

健康保険が自由診療を下支えする仕組み

 患者申出療養は公的医療保険と併用できますが自費部分の負担が大きく、結果的には富裕層のための医療となります。そうした富裕層のための保険適用部分を、この制度の恩恵にあずかれない人たちが、保険料で下支えすることになります。

 また、この制度は規制改革会議での「高度医療を受けたければ、家を売ってでも受けるという選択をする人もいるだろう」等の発言とともに具体化されてきたものです。まさに経済的な貧富の差が、そのまま医療の格差に直結するものです。

第1号は治療者からの「申出」

 厚労省の評価会議は2016年9月21日、患者申出療養制度の第1号として、「胃がんの腹膜への転移に対する、抗がん剤(2剤)の腹部投与」を承認しました。これはすでに「先進医療」として効果がみられている治療の適応を拡大したものです。東大病院が実施計画を作成し、年間100人程度の治療を予定しています。治療者側が計画を立てたあとで参加者を募ることを、「患者申出」と呼ぶことには疑問を感じずにはいられません。

厳密な治験と合理的な価格で速やかに保険収載を

 患者申出療養は短期間で承認する規定があり、既存の治験のルールを緩めたものだったり、リスクと効果を厳密に評価しない治験にならざるを得ません。すべての治験は慎重に計画しておこない、安全性と有効性が確認されたのちは、合理的な価格で速やかに保険適用し、格差のない医療を目指すべきでしょう。

(『東京保険医新聞』2016年11月5日号掲載)