保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】非識別化と医療事故調査制度 医療安全を実現するために必要なこと

公開日 2015年07月25日

東京保険医協会 勤務医委員会委員 佐藤 一樹

平成26年度 厚生労働省科学研究費
「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究」班員
東京保険医協会 勤務医委員会委員
佐藤 一樹


 

はじめに 「報告」事例の定義と非識別化した報告書・説明

 10月から施行される「医療事故調査制度」の目的は「医療安全の確保」(医療法 第三章 医療の安全の確保 第6条の9)である。制度のコンセプトは明瞭で「医療事故で亡くなった患者さんの個人情報を収集させていただき、これを分析・学習して、医療安全の向上に役立たせていただく」ことである。

 この制度で注意すべきは、①「報告」すべき事例の定義、②院内事故調査報告書と説明における「非識別化」である。この2点に焦点を絞って新医療法(以下、法)と新医療法施行規則(以下、施行規則)を要説する。

1.「報告」事例の定義

(1) 「医療事故調査・支援センター」は信用度が低い民間機関

 「報告」先の「医療事故調査・支援センター」(新設)は民間機関(法第6条の15「一般社団法人又は一般財団法人」)である。しかし、本稿締切の7月16日時点でどの機関が引き受けるか決定していない。実は、日本医療安全調査機構に内定していた。ところが、機構の主活動「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の木村壮介中央事務局長の上に誰かを抜擢する提案が厚労省からされたところ、「それならやらない」と木村氏が難色を示していると聞く。このように、施行開始前10週間になっても正式決定していない機関が、本制度に際して十分な準備ができるはずがない。信用度の低い機関と言わざるをえない。

(2) 「報告」は「届出」ではない

 法第6条の10「病院等の管理者は、医療事故(当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産)を医療事故調査・支援センターに報告しなければならない。」は、「報告」についての条文であって、「届出」ではない。法律での「届出」とは単なる国語ではなく「行政庁に対し一定の事項の通知をする行為」(行政手続法第2条の7)と厳密な定義があり、「報告」とは全く重みが違う。「報告」には、期限はなく、仮に怠っても刑罰はない。

2.「医療事故の範囲」「※過誤の有無は問わない」

 不必要な報告はするべきでない。ひとたび報告すれば、医療現場に過重な業務を増やし、本来は患者のために診療・研究すべきリソースを失うことになり、医療安全とは逆方向に進むからである。取り下げはきかない。

 厚労省ホームページでは、「医療事故の範囲」を「『医療事故調査制度の施行に係る検討会』における取りまとめについて」と「医療事故調査制度Q&A」の両方で、マトリクスを利用して表示し、「※過誤の有無は問わない」と説明している。

医療事故の範囲

 これこそ、「医療の安全の確保」を目的とした本制度の核である。過誤判断にかかる責任問題や紛争を切り離し、「医療安全のための」制度であることを明確にしたのである。

3.非識別化した報告書と説明

(1) WHO 「非懲罰性」「秘匿性」から事故調「非識別化」

 厚労省HP「医療事故調査制度Q&A」A1では「今般の我が国の医療事故調査制度は、WHOドラフトガイドライン上の『学習を目的としたシステム』にあたります。したがって、責任追及を目的とするものではなく、医療者が特定されないようにする方向であり、第三者機関の調査結果を警察や行政に届けるものではないことから、WHOドラフトガイドラインでいうところの非懲罰性、秘匿性、独立性といった考え方に整合的なものとなっています。」とうたわれ、施行規則に条文化された。

 「病院等の管理者は、医療事故調査・支援センターに報告を行うに当たっては、当該医療事故に係る医療従事者等の識別(他の情報との照合による識別を含む。次項において同じ。)ができないように加工した報告書を提出しなければならない。」(施行規則 第1条10の4第2項)「遺族への説明は、当該医療事故に係る医療従事者等の識別ができないようにしたものに限る。」(同 第1条10の4第3項)である。

(2) 記者会見禁止

「他の情報との照合」による識別化も禁じるなら、「徹底的に非識別化せよ」と解される。これまで事故直後に多かった「記者会見」は、当該医療従事者個人の識別が可能になる情報の保護を冒す危険性があり禁止すべきである。透明性という耳障りのよい文言を誤解して事故を公表すると、法律全般の骨子を崩壊させ、WHOの秘匿性(患者、報告者、施設が決して特定されない)にも反することになり、「学習を目的としたシステム」体系による医療安全を台無しにしてしまうのである。

まとめ

 真の医療安全のためには、事故発生直後からの「医療従事者の非識別化」意識が必要であり、あわてて「報告」する必要はない。医療事故が疑われる場合、先ずは東京保険医協会に相談の連絡を入れて欲しい。

(『東京保険医新聞』2015年7月25日号掲載)