【視点】高薬価維持のからくり(下) 薬価を高止まりさせる流通過程

公開日 2016年08月25日

東大名誉教授・醍醐先生写真

醍醐 聰(東京大学名誉教授)

不正常な取引慣行「仕切価格」

 2006年9月、公正取引委員会は「医療用医薬品の流通実態に関する調査報告書」を公表した。この調査は、後発医薬品の使用や医薬品の共同購入など、薬剤費の抑制に大きな効果が期待されている取り組みが進まない背景に、非競争的な取引形態や取引慣行が存在するのではないかという懸念を検証することが目的だった。
 そこで公正取引委員会は、医療用医薬品の流通の川下(医薬品卸事業者から医療機関への医薬品の納入の段階)の取引に照準を当て、2006年1月から9月までの間に、医薬品メーカー113社(回収率は86.7%)、卸業者134社(同81.3%)、医療機関5百機関(同71.0%)、消費者モニター1,084人(同97.4%)を対象にアンケート調査を行うと同時に、いくつかの調査対象に対するヒアリングを行った。

 確かに、川下の取引には、長期にわたる納入価格の未妥結・仮納入や総価契約(多種の医薬品をまとめた総額で納入価格や値引の交渉を行う取引慣行)など積年の問題がある。しかし、こうした川下の不透明な取引慣行を改善するためには、また、高止まりする薬価を引き下げるためのターゲットを見定めるためにも、メーカーと卸業者の間の川上の取引に見られる不透明で不合理な取引慣行―仕切価が納入価を超えるという逆ザヤを、割戻・アローアンスで埋め合わせるという不正常な取引―の実態を把握しておく必要がある。

 以上述べた医療用医薬品の流通過程における不正常な取引慣行を図1で示す。

 前記の公取委調査報告書は、医療用医薬品の価格形成の仕組みを次のような数値例で図解している(図2)

20160825図1_医薬品流通の概念図
20160825図2_卸業者から見た価格形成の仕組み
20160825図3_医薬品各種比率推移

 図中の数値は仮置きであるが、「医療用医薬品の流通改善に関する懇談会」に提出された資料によると、実際の取引での仕切価、納入価、実質仕入原価の対薬価比率は図3のとおりである。

 これを見ると、この間、卸業者にとっては医療機関への納入価格がメーカーからの仕切価格を下回る1~3%の逆ざや(一次売差)となっている。それを、メーカーから受ける割戻(別称・リベート)・アローアンスで補填することにより、卸業者の粗利益率(売上総利益率)は9%となっているのである。ちなみに、図3の原資料によると、2010~14年度に卸業者がメーカーから受け取った割戻・アローアンスの薬価に対する割合は8.6~9.2%となっている。こうした割戻、アローアンスで卸業者が一次売差を補填する背景には、本来なら医薬品の流通過程に関与しないはずのメーカーが、医療用医薬品の川下取引に深く関わっている慣行がある。

 どういうことかというと、前記の公取委調査報告書によると、2年ごとの薬価改定の告示が行われた直後にメーカーから卸業者に仕切価格、リベート、アローアンスが通知されるが、次回薬価改定の時までメーカーが仕切価格を下方修正することはなく、メーカーと卸業者の間で仕切価格または値引きについて交渉が行われる実態はない。実際、公取委が81のメーカーに対して行った前記のアンケート調査でも、「仕切価格を修正しない」と答えたメーカーが77.8%に上っており、修正する場合でも1%未満の修正が13.6%を占めている。
 つまり、2年ごとの改定で薬価が引き下げられても仕切価はそれに連動して引き下げられないため、メーカーの粗利益率は下がらないという仕組みになっているのである。

 また、川下の取引においても、メーカーのMR(医療情報担当社員)は専門知識の面で卸業者のMS(営業担当者)に対し圧倒的に優越している。そのため、「医療機関の医薬品選定においてはメーカーによる営業活動が大きな影響力を有しており、メーカーの営業活動により医療機関からの医薬品の発注量が決まる。そのため、卸業者は取扱数量を増やすことによってメーカーから値引きを引き出すといった価格交渉の余地が限られている。また、代替する医薬品のない先発医薬品について卸業者は取り扱う医薬品の変更を示唆することによってメーカーから値引きを引き出すといった価格交渉をすることも難しい状況にある」(前記、公取委調査報告書、17~18ページ)。

メーカーによる流通支配

 このように、医療機関による医薬品の選定においてメーカーの営業活動が大きな影響力を持ち、卸業者の販売力が及ぼす影響が乏しいとすれば、メーカーが卸業者に支払う割戻・アローアンスは通常の商慣行でみられる販売報奨金とはいえない。販売実績に対する貢献度が乏しい卸業者に販売奨励金を支払うのは自己撞着だからである。にもかかわらず、メーカーが卸業者にかなりの金額の割戻・アローアンスを支払うのはなぜか。これについて、公取委調査報告書は次のように述べている。

 「このように、卸業者の価格交渉能力が限定されている状況において、メーカーは、JD-NET等のコンピューターシステムを利用して、卸業者より、医療機関等に対する販売情報(販売先、販売品目、販売価格…、販売数量)を報告させている。当該システムを利用することによって卸業者の販売に係る情報がメーカーに明らかとなり、メーカーは、こうした情報に基づいて、基本的に2年に1回、3月初旬頃、厚生労働省により薬価改定の告示が行われた直後に卸業者に対する仕切価格、リベート及びアローアンスを設定している。ただし、リベート及びアローアンスについては、薬価改定時以外にも条件変更することがある」(同報告書18ページ)

 「メーカーは卸業者との間で、これらコンピューターシステムを用いて、受発注に関する情報を交換するほか、卸業者に対し、医療機関等に対する販売情報(販売先、販売品目、販売価格、販売数量)について報告させ、当該報告に対する報酬として『情報提供料』(売上高の0.2~0.3%)を卸業者に支払っている」(同報告書21ページ)

 ちなみに、公取委の対メーカー・アンケート調査によると、卸業者から販売先、販売品目、販売価格、販売数量のいずれについても報告させているという回答が93%前後に上り、94.5%が情報提供料を支払っていると答えている。

 その一方で、卸業者にとって、仕切価格が固定し、納入価格がそれを下回る状況の下ではリベート、アローアンスが利幅を生み出す原資である。にもかかわらず、メーカーの回答では、卸業者との間でリベート及びアローアンスの支払基準の見直し等について「交渉は一切行わない」が7.1%、「卸業者から要望は聞くが、それを反映した変更は行わず、当社の施策どおり通知している」が61.9%を占めている。

 筆者の推論では、卸業者にとっては、仕切価格を高止まりさせたまま、一次売差を割戻・アローアンスで補填するか、それとも仕切価格を原価に照らして適正な水準まで引き下げ、一次売差を生まない状況にするかで利幅に変わりはない。しかし、メーカーから見れば、卸業者から医療機関への納入価格は、類似薬効比較方式が採用される新薬の薬価水準、さらには目下試行中の新薬創出加算制度の適用の有無を左右する実勢価格と連動する。そのため、メーカーは自己の粗利益を維持・拡大させるよう仕切価格は高値で固定する一方、新薬の薬価の値下がりを避けるよう、卸業者が医療機関に販売する医薬品の納入価格の値崩れを防ぐため、卸業者が医療機関に対してどのような価格で医薬品を納入したかの実績を常時、報告させ、モニターしていると考えられる。

 これについて、公取委は「メーカーが卸業者からの販売価格等の情報に基づいて、例えば、一定の価格を下回って販売した卸業者に、リベートやアローアンスについて不利な取扱をするなどの場合には、不公正な取引方法(再販売価格の拘束)に該当し、独占禁止法違反となるので、このような行為が行われないよう、…引き続き十分注視していくこととする」(同報告書49ページ)と述べている。

厳正な監視と毅然とした措置を

 卸業者が自らの利幅の多寡をメーカーに牛耳られている状況では、メーカーは卸業者に対して優越的地位にある取引当事者とみなされる。したがって、そうした当事者間の取引について公取委は、再販売価格の拘束はもとより、独禁法第19条第12項に掲げられた拘束条件付取引(この場合でいうと、卸売事業者が医薬品の納入先である医療機関と取引する際の条件について、メーカーが不当にそれを拘束する行為)が生じる恐れが常に存在しているという認識に立って、厳正な監視を続け、違反については毅然とした是正措置を講じることが求められる。

 こうした医薬品の不正常な流通取引慣行の改善は医薬品メーカーと卸業者間の公正で対等な関係の確保に資するにとどまらず、医薬品価格を高止まりさせている流通過程の要因を除去する点でも重要な意味を持っている。

(おわり)

(『東京保険医新聞』2016年8月25日号掲載)