2000年をふりかえる

公開日 2000年12月25日

今年四月に発足した介護保険制度は私たち開業保険医に少なからぬ影響をもたらしている。介護の現場から様々なエピソードが伝えられてきている。とにかく老人医療費の入院分は激減した。急性疾患を除けば老人の入院分の医療費はほとんどゼロになる勘定だ。国や健保組合側にとっては大きな朗報といえよう。一方、国民にとっては大きな負担増になっている。地域の会合で何度か介護制度の説明をしたが、保険料に関する苦情を最もよく聞かされた。有無を言わさぬ強制加入に対する反発から、日本人であることをやめたいというある住民からの激しい意見が、医師会の会報に載っていた。保険料や利用料の減免については多くの自治体が実施しており、当初減免まかりならぬといっていた国の姿勢もついには折れてきている。これからは現場の声を大にして制度を改善させる必要があるようだ。

今年は医療を含め社会保障改革に対する東京都の方針に特筆すべきものがあった。石原知事は「非情といわれるが」といいながら福祉見直し策を推し進めた。2000年度都予算は、福祉の代表的11事業だけで現行予算額1863億円を初年度450億円、経過措置終了後は1000億円以上を削減する予定だ。これは社会福祉法成立によって、2003年度に障害者福祉が措置から契約へ転換されるという国の方針を見越した政策だ。その一方で東京圏に「環状メガロポリス構造」を実現するとして、都心開発、圏央道、東京外環道、高速中央環状線、第2湾岸道路、臨海地域の再編整備等のビジョンを打ち出している。事実上経営破綻しているといわれる関西空港に巨額の費用を投入している大阪府のようにならなければよいが。

年末近くになって健保法改正が慌ただしく、強引に成立した。来年の元旦からの実施に向けて大忙しの年末となる。

今年に限らず病院数、有床診療所数は減りつつあり、病床数も減る傾向だ。一方、往診、訪問診療など在宅サービスの割合が高まっている。

医療サービスの向上を目指して病・医院のネット化や診察券の共通化が一部でなされており、診療内容のデータベース化や医療分野のIT化など新しい時代に向けての準備も行われつつある。

過去百年間、科学の発達が医学に及ぼした影響は計り知れない。物理学の一端に限ってみても、今世紀はじめに発見されたX線などいまでは脳の最小血管の病変を探り当て得るほどになってきた。それに比べて人間の心のほうはどうだろう。丁度百年前、19世紀の終わり、世紀末思潮の時代に世を去った哲学者ニーチェの思想が現在に立ち現れてきているような気がしてならない。神の存在をはじめ、あらゆる文化を否定する彼のニヒリスティックないしペシミスティックな思考法が、である。

もろもろの職域でモラルの低下、破綻があらわになった。医療の現場でも目立った。医療の情報化、ネット化、IT化も必要だが、まずは日々の作業を安全、確実にする医療現場の環境整備から始めなければならない。

いま、国と国、人と人が仲良く暮らしていき難い世の中になってきている。が、隣の国の朝鮮半島ではこうした状況を見事に打破する作業が成功しつつある。人間同士が叡智を絞りあっておこなった営為の結実だろう。

来る21世紀はこのように、お互いが相手を尊重し、理解し合うことによって、戦争に無駄な命を落とすことのない、世の中にしたいものである。

東京保険医新聞2000年12月25日号より