講演要録「共謀罪と治安維持法―現代に甦る治安維持法」 取り締まり当局が犯罪だと思ったものが犯罪になる?

公開日 2017年04月21日

「共謀罪と治安維持法―現代に甦る治安維持法」 取り締まり当局が犯罪だと思ったものが犯罪になる?

内田 博文氏(九州大学名誉教授、神戸学院大学法学部教授)の講演から

  政府は「テロ等準備罪」を盛り込んだ組織犯罪処罰法の改正案を今国会で成立させようとしている。日本の刑罰は既遂を前提としており、未遂や犯罪の準備・予備行為、内乱などの陰謀罪は例外中の例外だ。意思や内心はもちろん犯罪の対象としていない。ところが、犯罪行為がなくても2人以上のものが犯罪計画を相談、合意し、準備した場合に罰するのが「テロ等準備罪」だ。過去、3度廃案となった「共謀罪」と実質的に中身は一緒である。
 犯罪計画の実行を断念した場合でも「犯罪計画を立案、合意、準備」したことが犯罪となるため、内心や思想・日常の行動を取り締まり、次々と拡大解釈できる点で、希代の悪法である治安維持法と同じといわれている。3月11日、協会政策調査部は政策学習会を開催し、戦前の治安維持法に詳しい内田博文・神戸学院大学教授に、「共謀罪」(テロ等準備罪)の問題点について解説していただいた。以下に講演の概要を紹介する。

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「テロ等準備罪」の要件

1.「組織的犯罪集団である団体」の活動として行われる犯罪であること
2.犯罪の実行のための「組織」により行われる犯罪についての計画であること
3.重大な犯罪(懲役・禁錮4年以上の刑を科すことができる犯罪)であること
4.計画は具体的・現実的な計画でなければならないこと
5.計画した犯罪の準備行為が行われること

◎本当に「一般の人は関係ない」のか

 「テロ等準備罪」の対象は「組織的犯罪集団」に限られており、「一般の人は関係ない」と政府は説明している。しかし、「組織的犯罪集団」自体の定義が曖昧であり、なんの歯止めにもならない。現在の組織犯罪処罰法の運用では、テロ組織や暴力団ではなく、一般の会社や団体でも行為の時点で「組織犯罪」となる。たとえば、ある会社が債務超過になっているにも関わらず、預託金の募集を続け、取引相手を騙して損害を与えたなどという組織的詐欺が、組織犯罪処罰法を適用する中心となっている。このような組織犯罪処罰法に「テロ等準備罪」が盛り込まれると、捜査官が犯罪を計画している可能性があると判断すれば、合法的な企業や団体を構成する一般の人も捜査対象となる。
 治安維持法も、「特定の人以外は対象としない」と当時の政府は説明していた。同法は「国体変革結社」や「私有財産制否認結社」が対象だったが、団体の定義も取締りの対象も曖昧で、恣意的に拡大されていった。このため、「結社」の設立とはかかわりなく、またその構成員ではなくとも、シンパシーを表明しただけで拘引された。
 さらに自由主義も民主主義も「非日本的考え方だ」として取り締まりの対象となり、それまで合法的に取り組まれていた「普通の人々の権利運動」などにも拡大されていった。ついには少人数の学習会活動や文化サークル、宗教団体なども処罰された。数十万人を逮捕し、7万5千人が送検され、多くの拷問・獄中死を出した。これが治安維持法の教訓だ。
 現行の組織犯罪処罰法に見られる「柔軟」な法解釈・運用が「テロ等準備罪」の解釈・運用でも用いられ、「権利運動」の規制に向かった場合、どのような結果を招来するかは、治安維持法の例からも明らかではないだろうか。

◎全ての国民が監視の対象に

 「テロ等準備罪」では犯罪の「準備行為」、すなわち普通の国民が普段に行う「場所の移動」「物の取得や用意」「金銭の取得や用意」「情報のやり取り」といった行為も「テロ等準備罪」の構成要件となっている。ATMでの入・送金など、日常的な行動が、計画した犯罪の準備行為になるかどうかは、行為者の内心などを材料に判断されるから、自白への依存がますます強くなり、自白を得るまで取調べが続く恐れもある。
 さらに、通信傍受の対象犯罪が2016年5月の刑事訴訟法の一部改正で拡大されており、捜査や犯罪予防のために、警察官などによる通信傍受を日常的に行うことが可能になった。批判の声をそらすため、「テロ等準備罪」の対象となる犯罪を当初の676から277に減らしても、治安維持法と同じように、全ての国民が監視の対象になるという危険性は変わらない。

◎権利運動の規制にも拡大可能

 沖縄の辺野古基地反対運動では、基地建設の車両を止めようとして、威力業務妨害罪に問われた。威力業務妨害罪は懲役3年以下だが、「組織的」威力業務妨害罪は5年以下の懲役である。「テロ等準備罪」が成立すると、住民が建設阻止行動をしようと話し合った段階で、「組織的」威力業務妨害罪の容疑で、捜査の対象になるおそれがある。
 「テロ等準備罪」の要件である犯罪計画の「具体性」や「計画性」の定義も曖昧なため、話し合いの内容が犯罪になるかどうかは、捜査官の判断に委ねられることになる。「テロ等準備罪」の対象はテロ事件や暴力団事件だけではなく、治安維持法のように、権利運動の規制にも拡大させることが可能なのだ。
 政府は2020年オリンピックに向けたテロ対策に「テロ等準備罪」が必要だといっている。しかし「どのような事態を想定しているのか」と国会で問われても、答えられないままだ。政府は「テロ等準備罪」を新設する必要性、すなわち「立法事実」を国民に説明することができないのだ。これは、重大犯罪についてはすでに、「共謀罪」「陰謀罪」「予備罪」「準備罪」などが設けられており、摘発・処罰は十分可能だからだろう。

◎「テロ等準備罪」の真の狙い

 それではなぜ、政府は、過去3回も廃案となった共謀罪を「テロ等準備罪」と名称を変更してまで成立させようとしているのか。
 「いざ憲法を改定し、今以上に世界中に軍隊を派遣できるようにする時には、反対者がもっと広範に出てくるだろう。それを徹底的に取り締まることができる法律が必要になる。その時に共謀罪は、その気になればいくらでも使える」。これが「テロ等準備罪」の要点だ。「テロ対策」という表面的な「立法事実」「立法趣旨」の裏に隠された真の狙いは、権利運動の抑制にあるように見受けられる。治安維持法の制定および適用の拡大がそうであったように、「テロ等準備罪」の創設も、安保法制や秘密保護法、などとの関連において捉える必要があるだろう。

◎日本国憲法を武器にしよう

 戦前と違って、私たちは日本国憲法という武器を持っている。「テロ等準備罪」は、国民の内心の自由(憲法19条)や、表現・言論・結社の自由(憲法21条)、そして、何が犯罪行為であるかを明示し、適正な手続きを求める刑罰適正手続原則(憲法31条)に違反する法案である。この憲法という武器をもっと十分に活用して、「テロ等準備罪」は違憲だという声を、私たちは上げていかなければならない。

(『東京保険医新聞』2017年4月15日号掲載)