【視点】“『我が事・丸ごと』地域共生社会”に隠された思惑 「地域包括ケア強化法案」を踏まえて考える

公開日 2017年05月25日

日本障害者センター 事務局次長・理事 山崎 光弘

はじめに

 2017年5月18日、「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律案」(通称「地域包括ケア強化法案」)が参議院厚労委員会で審議入りしました。当初、第193回国会に上程されるのは介護保険法に係る改正案とみられていましたが、実際に提出されたのは31の法律を「改正」する一括法案でした。そして、この法案は「『我が事・丸ごと』地域共生社会」(以下 「我が事・丸ごと」)を実現するための第一弾として位置づけられています。この一括法案において介護保険制度の「改正」が重要な位置を占めていることは事実ですが、この根底に流れる「我が事・丸ごと」との関係で、それと同等又はそれ以上に重要な「改正」規定が含まれています。そこで、ここでは「我が事・丸ごと」と「地域包括ケア強化」法案に係るポイントと課題を解説します。

地域包括ケア強化法案の中身

1「我が事・丸ごと」とは何か

 2016年7月、塩崎厚生労働大臣をトップとした「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」(実現本部)が設置されました。2015年6月以降「新たな福祉サービスの提供システム等のあり方検討プロジェクトチーム」(新PT)が設置され、「新しい時代に対応した福祉の提供ビジョン」等が示されていましたが、この実現本部は「骨太の方針2016」・「ニッポン一億総活躍プラン」の提言を受けて、新PTが 発展的に解消されて作られた組織と言えます。

 「我が事・丸ごと」は少子高齢化・社会保障費の限界を前提に、障害等の有無に関わらず地域住民による助け合い(「互助」)を「我が事」として、公的支援では対応できない人や今後、公的制度から切り捨てられる人たちの課題に対応させる。さらに、既存制度の縦割り「丸ごと」化(規制緩和)することで、生産性と効率性を向上させる仕組みに他なりません。

 確かに、地域住民の助け合いは重要なことです。しかし、「我が事」は「互助」を制度に位置づけることで、「自助・互助・共助・公助」の補完原理に基づく社会福祉を徹底化させるものです。また、縦割りによる弊害の解消は障害者団体が求めてきたものではありますが、「丸ごと」は生産性と効率性の向上を目的としています。ICT等の導入による事務処理の軽減やパワードスーツの導入といったことはありえても、人が人を支える直接支援において生産性と効率性という考え方が徹底化されれば、障害者等の暮らしや発達を支えるといった社会福祉の理念が根本的に覆されることは明らかです。これらの先にあるのは公的責任の更なる後退であることは間違いないでしょう。

2「地域包括ケア強化法案」の問題

 「地域包括ケア強化法案」には数多くの問題がありますが、ここでは「我が事・丸ごと」に関連した「改正」に限定して、その内容と問題点を解説します。

地域住民等による助け合いによる生活課題の解決(社会福祉法)

 今回の法改正で社会福祉法がさらに「改正」され、第4条に2項が新設されます。簡約すると、この規定は、地域住民等(地域住民や社会福祉法人等の経営者・職員及び社会福祉に関わるNPO関係者など)は、地域で福祉ニーズを抱えながらも制度等につながっていない人たちを把握し、関係機関と連携しながら、彼らの地域生活課題(保健医療・住まい・就労・教育等の課題や地域社会からの孤立など)の解決を図るよう留意するものとする、というものです。この規定に関しては、国会質疑でもほとんど取り上げられていません。

 地域住民等の助け合いは否定しませんが、本来助け合いとは善意で行われるものです。こうした助け合いが法律に位置づけられれば、自治体等による「互助」の強制につながりかねないため重大な問題です。

「共生型サービス」の創設(介護保険法・障害者総合支援法・児童福祉法)

 「共生型サービス」とは、介護保険制度における基準該当障害福祉サービス(規制緩和型サービス※)を基本とした方法を他制度にも拡大することで、高齢者と障害児者への支援を一事業で提供しやすくする仕組みです。これは「丸ごと」の実現の第一弾とされていますが、「我が事・丸ごと」の前提を踏まえれば、この新制度は年齢も必要な支援も全く異なる人たちへの対応を、一人の福祉職員に担わせる仕組みとなることは明らかです。特に、通所事業所においては、福祉職員は原則として支援のコーディネートとリスク管理を担い、直接支援は利用者同士の助け合いという形になる危険性もあります。そして最終的に、この新制度は福祉職員の直接支援に係る専門性を根本から覆しかねないため、注意が必要です。

3「我が事・丸ごと」の真の狙い

 2015年9月、安倍政権は新しい三本の矢を公表し、GDP600兆円の実現を掲げました。さらに、その翌年の6月には「骨太の方針2016」・「ニッポン一億総活躍社会」によって、「成長と分配の好循環」という考え方が示されました。これは、社会保障と社会福祉が経済成長の手段として位置づけられたことを意味しています。

 現在の日本の経済成長を支えているのはサービス業、特に民間産業による医療・保健・介護サービス費の増であるだけでなく、今後労働市場の拡大が見込めるのも医療・福祉分野であることが明らかにされています。こうした産業構造の変化を踏まえると、先の目標達成には社会福祉に係る産業成長が一つの鍵となっていると言えます。ただし、保険料や税金をベースとする社会福祉は、財源との関係で産業成長の伸びを抑制するため、「好循環モデル」には限界が出てきます。そこで、政府は、混合介護の導入等によって公的福祉の商品化を拡大し、営利企業の参入をさらに促そうとしています。さらに、「商品としての福祉」と公的サービスが同価値であっては、市場の拡大は見込めません。そのため、政府は「福祉の商品化」と同時に、公的サービスの質と量の更なる後退を同時に進めようとしているのです。

 しかし、日本の相対的貧困比率等を考えれば、社会福祉の市場化をさらに進めた場合、介護・支援難民が今以上に増大することは明らかです。しかし、経済成長や社会保障費の支出抑制のためには、こうした問題に公的サービスの拡大で対応することはできません。そこで、社会保障制度・社会福祉制度を「我が事・丸ごと」化し、お金のない人たちへの支援を地域住民や社会福祉法人の「互助」に対応させようとしているというのが、「我が事・丸ごと」の隠された狙いなのです。

おわりに

 「我が事・丸ごと」の本質は、「自助・互助・共助・公助」の社会福祉を徹底化するとともに、支援の生産性と効率性を上げることで、社会保障費の支出抑制と公的責任の更なる後退を図る手段に他なりません。しかし、現在の日本は地域コミュニティが脆弱化し、多くの人たちが苦しい生活を強いられているのが現状です。こうしたなか、要介護者・障害者等の支援が地域住民等に押し付けられれば、やまゆり園事件の容疑者のような「障害者は社会のお荷物」といった意識が蔓延しかねません。

 塩崎厚生労働大臣は、実現本部の設置にあたって「福祉の哲学」を転換すると述べ、「地域包括ケア強化法案」では地域住民に係る理念規定(社会福祉法)が設けられようとしています。こうした重要法案にも関わらず、国会では十分な審議が行われていないだけでなく、当事者である地域住民の声は全く反映されていません。「我が事・丸ごと」というキャッチフレーズに騙されることなく、この本質を理解すること、国民が「我が事」の当事者として反対の声を上げていくことが求められています。

※基準該当障害福祉サービス

 障害福祉サービスとしての人員配置基準や設備基準などは満たしていなが、介護保険事業所等の基準を満たす事業所であり、かつ市町村が認めたものは、当該事業者が障害者を受け入れた場合、「基準該当障害福祉サービス」として特例介護給付費・特例訓練等給付費が支給される。現在、「居宅介護、重度訪問介護、行動援護」「生活介護」「児童デイサービス」などが認められている。

(『東京保険医新聞』2017年5月25日号掲載)