【視点】種子法廃止がもたらす食と農の危機~日本の食卓から食物の多様性が消える~

公開日 2017年06月26日

天笠啓祐氏

天笠 啓祐(あまがさ・けいすけ)
(食と農から生物多様性を考える市民ネット共同代表)


主要作物種子法(種子法)が今国会で廃止された。この法律は、米、麦、大豆の品質を守り、向上させて、安定的に供給することで、日本の豊かな食生活を支えてきたといわれている。
種子法廃止の影響について、長年、食と農から生物多様性の大切さを訴えてきた天笠啓祐氏に聞いた。

■ 種子開発政策の変遷

種子の開発はもともと農家が地域に合った、冷害に強い、美味しい、収量が多いなど、優れた形質を持つ品種を開発することを出発点にしていました。開発の担い手が農家から、県の農業試験場など公的な研究所に移り、さらに民間企業に移り、その企業が多国籍企業へと変わってきたのが、種子開発の歴史です。種子法は、その流れを受けて施行され、改正され、廃止されてきました。

この法律が作られたのは、農家から公的機関(国・自治体)へと開発の主体が変わる時期です。1952年に法律が制定されますが、当時は食糧不足の時代でした。そのため食糧増産を目的に、国が支援し、都道府県が優良な品種を開発するのを促すために施行されました。ここでいう主要農作物とは稲・小麦・大麦・裸麦・大豆です。

公的機関から民間企業へと種子開発の主体が移行する時期の1986年にこの法律が改正されます。この法改正が行われるきっかけが、1984年に農水省が発表した「バイオテクノロジー技術開発計画」です。

それまで農水省は、民間企業との関係が希薄な省でした。しかし、バイオテクノロジーによる新品種開発を進めるうえで、民間企業との関係を強化し、共同で開発を進める姿勢をとることになりました。その背景には、当時の中曽根政権による民活化政策がありました。

民間企業の能力を活用して、世界的に競争になりつつあるバイオテクノロジーを用いた新品種開発を進めることになります。そのためには、従来の法律や制度を改正する必要が出てきました。こうして1986年6月、種子法が改正されます。これにより民間企業による主要農作物の開発が可能になりました。1986年12月には遺伝子組み換え作物の農林水産分野における利用指針が作成されました。1990年にはSTAFF(農林水産先端技術振興センター)が設置されました。このSTAFFが、民間企業と連携して、遺伝子組み換え作物開発の最前線に立つのです。

種子法を実際に運用しているのが、「主要農作物種子制度の運用」です。1991年6月にはその運用で、民間企業の試験販売も可能になりました。その1991年からはSTAFFを軸にイネゲノム解析プロジェクトが始まります。さらには1996年6月の主要農作物種子制度の運用で民間企業の本格販売も可能になりました。この年、米国で遺伝子組み換え作物の本格的な栽培が始まりました。

遺伝子組み換え作物 日本の消費量はトップクラス
  作付割合
(2014)
日本の輸入割合
(2013)
日本の自給率
(2013)
食卓に
出回る割合
トウモロコシ(米)
ブラジル
アルゼンチン
93%
68%
85%
44.8%
30.4%
13.3%
0.0% 73.6%
大豆(米)
ブラジル
カナダ
94%
88%
94%
60.1%
23.5%
13.7%
6.0% 84.3%
ナタネ(カナダ) 95% 93.8% 0.0% 89.1%
綿実(食用:豪) 99.5% 94.6% 0.0% 94.1%

(天笠氏 作成)

■ 種子法廃止と農業競争力支援法

今国会で種子法が廃止されました。その意味は何でしょうか。2012年末に安倍政権が誕生しました。その12月26日、日本経済再生本部(安倍本部長)を設置し、アベノミクスを本格稼働させました。稼働させる柱の一つとして翌2013年1月23日、旧民主党政権によって休眠状態となっていた規制改革推進会議(議長・岡素之・住友商事相談役)を復活させました。この推進会議の提言で、さまざまな分野で規制緩和が進むことになります。

2016年10月6日、第4回規制改革推進会議・農業ワーキンググループ(WG)で種子法廃止が提案されます。その理由が、この法律が民間企業の開発意欲を阻害するというものでした。2017年1月30日、第9回WGで農業競争力強化支援法案の提出が提言されます。種子法廃止と農業競争力強化支援法はセットで出されます。この一連の流れは、安倍政権による国家戦略と密接につながりがあります。

■ 種子を支配するものが食料を支配する

種子を支配するものが食料を支配するという構造が、モンサント社など多国籍企業によって現実化してきました。種子を支配するには知的財産権を支配することにあります。それをもたらしているのが、新技術による特許権取得にあります。安倍政権が打ち出している国家知財戦略を農業分野で推し進めることを主目的に打ち出されたのが、種子法廃止と農業競争力強化支援法です。これらは多国籍企業による種子支配に対抗する狙いが大きかったのです。

安倍政権は、戦略的イノベーション創造プログラムを進めてきました。同政権は一貫してさまざまな分野でイノベーションを推進してきました。農業では、次世代農林水産業創造技術(アグリイノベーション創出)を柱としてきました。知的財産権を取得することが目的です。それにより種子を支配し、食料を支配していこうというものです。

次世代農林水産業創造技術として、新たな育種技術の確立として最も力を入れているのがゲノム編集技術、RNA干渉法などニュー・バイオテクノロジーといわれる、遺伝子組み換え技術の次に位置するバイオテクノロジーです。すでに国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構によって、ゲノム編集技術を応用した稲「シンク能改変稲」が開発され、今春から栽培試験が始まりました。

安倍政権が目指す農業競争力強化は、けっして農業や農家を強化するものではありません。民間企業の技術開発力を強化するものです。その結果、日本の種子や伝統的な品種が失われていく危険があります。それは食卓に登場する食べものの多様性が奪われることを意味します。

■ モンサント社の除草剤耐性大豆世界生産量の8割

大豆を例に見ると、日本には、サトウイラズ、シャッキンナシなど、ユニークな名前を持った優れた、かつ多様な品種があり、豆腐や納豆、味噌などの食べものになり、私たちの食文化を幅のあるものにしてきました。しかし、世界的に見るとモンサント社の除草剤耐性大豆が約8割を占めるという偏向が進行しています。まさに特許を支配することが世界の食料を支配すことを現実化しているといえます。

■ 日本の種子や伝統品種が失われていく危険

これまで自治体が担ってきた新品種開発と普及が失われ、民間企業の参入が進めば、自治体の研究者は民間企業に移行し、その民間企業を多国籍企業が買収に走ることは必至です。現在、モンサント、バイエル、シンジェンタなど多国籍種子企業の間では合併・統合・買収が相次いでいます。巨大な企業がさらに巨大になり、しかも各国の企業買収に走っています。韓国ではすでに、多国籍企業による主な種子企業の買収が進み、貴重な在来の品種が失われるなどの影響が出ています。日本もまた、同様の事態になりかねません。

いま韓国では農家のお母さんたちが必死になって伝統的な種子を守る取り組みを行っています。日本の種子や在来品種を守ることは、食の安全と食の文化、そして日本の農業を守ることにつながります。隣国の徹を踏まないようにしなければなりません。

(『東京保険医新聞』2017年6月25日号掲載)