保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】「医療行為と刑事責任」に関する危険な動き

公開日 2017年08月25日

佐藤一樹先生写真_修正

東京保険医協会 理事 いつき会ハートクリニック 佐藤 一樹

問題の所在

医師の裁量に任された正当な医療行為による過失、すなわち、国家資格として得た社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、生命身体に危険を生じ得る行為に関連した過失による死亡や障害に対する刑事責任追及は、やめるべきである、と多くの医師は考えている。

医療は、現場を構成する意志決定者、行為者の数は単一ではなく、中規模に存在し、それぞれ行為者は知性と適応能力を持ち、局所情報を基に瞬時に判断し相互作用する複雑系である。そのなかでも、システム自体の「経験」から得られる予測を基に、能動的に学習や進化して、訂正し再調整している複雑適応系である。そして、この系の中では、特定のある行為一つをとって個人を批難したり、懲罰を与えたりしても医療の質や安全の向上に役立たない。このことは、学術的知識がなくとも、臨床医ならば直感的かつ実感的に理解している。現在の医療安全学を少しでも学習していれば、根本原因分析という手法が医療事故の再発防止になる、といった一時代前の古い考え方が絶対だという呪縛からのパラダイムシフトも完了しているであろう。だから、医療事故における刑事責任追及はやめるべきだとなるのだ。

これを法律論として展開すると、現行法の解釈論(運用論)でそうすべきだとするものと、立法論(制度構築論)としてそうすべきだとするものがありうる。また、その方法としても、実体法上の過失犯の要件の解釈において過失犯の成立を否定し、いわば理論的に非犯罪化すべきだとするもの、そして、手続上、訴追・立件を差し控えて政策的に非刑罰化すべきであるとするものがありえる。

一般の臨床医は、非犯罪化、具体的には業務上過失致死傷罪における免責が相当に困難な道であるならば、現実を重視して非刑罰化を願うであろう。しかし、注意すべきは、非刑罰化するが犯罪としての医療事故数を増やし、刑罰のかわりに行政処分を強化しようと考えているグループが活動を継続している事実である。

理論刑法学者の威を借る狐

厚生労働省は、「医療行為と刑事責任に関する研究会」(座長:樋口範雄・武蔵野大学)を本年度から立ち上げ、刑法211条に定める業務上過失致死傷罪と医療事故の関係について学術的見地から類型化を進める目的で、8月9日の初会合から活動が開始された。この研究会で画期的なことは、日本刑法学会理事長の佐伯仁志・東京大学教授や、常務理事・理事長代行の井田良・中央大学教授といった理論刑法学の最高峰で、純粋な学問としての刑法学の追究を生業としている本格的な法律家が参加している点である。

これまでに医事法に関連した立法論議や行政運用論などに参画して中心的役割を担ってきたと自負する法律家といえば、医学・医療の本質的発展、パラダイムシフト後の科学的医療安全学の推進、医療従事者の人権確保はそっちのけで、利益相反行為ファーストを通し、法律に無知な医師を相手に誤謬を平然とすり込んだり、押し通したりする輩であった。これらの面子の一部もこの研究会に名を連ねている。

しかし、患者側弁護士団体の親玉や、医師個人の過失を前提とした医師賠償責任保険に約半世紀も関与してきた老弁護士や、別の専門法律分野から医事法に移行してきて医療事故調査制度のポストを奪取した大学教授らを斯界の権威と勘違いしている医師であっても、佐伯教授の都立広尾病院事件判決に対する論文や井田教授のエイズ帝京大学事件判決の論考を精読すると、人権に対する姿勢の真贋の眼が養われ、両教授への期待も高まるであろう。

一方で、漠然とではあるが、両教授の権威を笠に、日本の刑法がもともとドイツ刑法を基礎とすることが利用される可能性が懸念される。ドイツでは医師会が関与して裁判外専門的調査や鑑定を行う制度が整備されているが、日本医師会の老参与もドイツ刑法に傾倒している。それ自体に問題がある訳ではないが、これまでの経緯からは、ドイツのシステムが悪用されパラダイムシフトできない日本医師会の考え方が研究会に影響されると推測される。

協会雑誌「診療研究」528号で述べたように、研究会の樋口座長や山口徹委員は、医療事故に対して責任の所在を医師個人にあることを前提として、行政処分の範囲を拡大して規範的制裁の増加と迅速化によって、遺族への感銘力を増幅させようと目論んでいることが判明している。彼らが委員として日本医師会が発表してきた答申をまとめると、医療過誤は警察届出といった誤った医師法21条の解釈を流布し、その上で21条に手を加えて警察届出要件を拡大し、同時に届出を怠った時の刑罰を廃止する案を打ち出し、その代わりに行政処分の強化を訴えている。刑罰はなるべく必要最低限に規定・執行されるべき、という刑法学での根底を逆利用し、刑罰がなくなった分、行政処分を今まで以上に広く適応しようという魂胆である。彼らが役員となっている医療事故調査・支援センターに、実質上の行政処分の成否判断を委託させる形として、調査(捜査)権限と過失判定(司法権)と行政処分決定権(処罰権限)を集中的に独占しようとしていると推測されるのである。

今後は、この研究会の活動に注視していくべきである。

(『東京保険医新聞』2017年8月25日号掲載)