【視点】「こども保険」構想の問題点と社会保険の限界

公開日 2017年10月06日

今回の『視点』は社会保険方式はなじまないと批判の多い「こども保険」だ。社会保障と財源のあり方について、伊藤周平先生に見解を求めた。

(1)「こども保険」構想の提言とその背景

2017年3月28日、自民党の「2020年以降の経済財政構想小委員会」が、「こども保険」制度の提言案をまとめた。それが自民党若手ホープの小泉進次郎衆議院議員らによる提案であったことも、注目を集める要因となった。

「こども保険」の構想が提言された背景には、安倍政権のもとでの消費税率10%引き上げの2度にわたる延期により、待機児童の解消や幼児教育・保育の無償化といった子育て支援の財源確保が困難になってきたとの政権側の認識がある。しかも、2017年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017(骨太方針2017)」には、前年の「骨太方針2016」に明記されていた2019年10月の消費税率引き上げ方針が削除されており、消費税率10%への引き上げは、さらに延期される可能性が高まっている。

「骨太方針2017」には「幼児教育・保育の早期無償化や待機児童の解消」が掲げられ、そのために「財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用を含め、安定的な財源確保の進め方を検討し、年内に結論を得」るとされている。ここで「社会保険方式」とは「こども保険」を指すことは明らかで、自民党は、教育無償化の財源として「教育国債」も提案していたが、将来世代につけをまわすとの批判を受け、社会保険料による財源調達の方向にシフトしつつあると考えられる。

(2)「こども保険」構想の問題点

しかし、「こども保険」の構想には、いくつかの問題がある。

第1の問題は、子どもを産み育てることは、本人ないしカップルの意思や選択の問題であり、偶発的なリスク(保険事故)に備えるという保険の本来の性格に適さないことである。

第2に、社会保険方式においては、拠出を前提として給付がなされるが(対価性)、「こども保険」の場合、少なくとも、高齢者世代については、保険料拠出の見返りとしての給付(受益)の可能性はほとんどなく、保険料徴収を正当化することは難しいという問題がある。

現時点では、厚生年金保険料の労使負担に0.1%上乗せし、国民年金の第1号被保険者に月160円の追加負担を求め、保育・幼児教育にかかる費用の財源とする構想のようである。それでも子どものいない夫婦や独身世帯には、事実上、給付(受益)の可能性はなく、保険料負担のみが課される。受益可能性のない人が少なくない数で存在するのであれば、そもそも対価性のない税方式で行うのが筋ということになろう。

第3に、これが最も重大な問題と考えられるが、社会保険料負担の逆進性の強さがある。もともと、日本は社会保障給付費の9割以上を社会保険方式で実施している社会保険中心の国であり、社会保障財源の中では社会保険料収入の占める比重が大きい。そして、社会保険料の負担は、先進諸国ではトップレベルとなっており、個人の所得税負担より社会保険料負担の方が大きいのは、主要国中では日本だけと指摘されている(高端正幸「誰もが抱える基礎的なニーズは税で満たせー『社会保険主義』の罪」公平な税制を求める市民連絡会会報8号2頁参照)。

しかも、社会保険料は、給付を受けるための対価とされているため、所得の低い人、もしくは所得がない人にも保険料を負担させる仕組みをとることが多い。国民年金の保険料は定額負担(2017年度で月額1万6,900円)で、免除制度は存在するが(ただし、免除の場合は、国庫負担を除いて給付に反映されない)、国民健康保険料や介護保険料については、保険料の軽減制度はあるものの、まったく所得がなくても、保険料が賦課される。特別な理由があれば、市町村は条例により保険料を減免することができるが(国民健康保険法77条、介護保険法142条)、「特別な理由」による減免事由は、災害など突発的な事由に限定されており、恒常的な生活困窮者に対する保険料免除は想定されていない。

また、所得税のような累進制が採用されておらず、保険料負担には上限が存在し(厚生年金保険料について標準報酬月額の上限31級で62万円。厚生年金保険法20条)、高所得者の保険料負担は軽減されている。こうした逆進性の強い社会保険料負担は、子育て世代を中心に、家計に重くのしかかり、生活を圧迫し、貧困率を上昇させる要因となっている。新たな保険料負担は、子育て世代の貧困をさらに拡大するだろう。

(3)社会保険方式への不信

そして、この間、保険料の引き上げや自己負担(医療費の自己負担、介護保険の利用者負担など)の増大、国庫負担の引き下げなどにより、社会保険制度そのものが、きわめて保険主義的な制度、私保険に近い制度に変容してきた。社会保障制度としての社会保険には「保険原理」を修正する「社会原理」が内在しているが、「負担なければ給付なし」という「保険原理」のみが強調されてきたともいえる。なかでも、2000年に施行された介護保険制度は、低所得を理由とした保険料免除を認めず、月額1万5,000円という低年金の高齢者からも年金天引きで保険料を徴収し(特別徴収)、給付費総額と保険料が連動する仕組みを構築しており、「保険原理」を徹底した制度であった。

そして、現在の安倍政権は、社会保険の給付抑制の強化により制度の劣化を加速させ、国民の生活不安と制度不信を増幅させている。とくに、介護保険については、要支援者の保険給付外しなど徹底した給付抑制が進められ、社会保険の「保険原理」をも崩して、「負担あって給付なし」の「国家的詐欺」とまで揶揄されており(伊藤周平・日下部雅喜『新版・改定介護保険法と自治体の役割』自治体研究社、2016年、140頁)、制度に対する不信が拡大している。年金制度についても、既裁定年金がマクロ経済スライドにより実質的に引き下げられており、違憲訴訟が各地で提起されるなど、制度不信が高まっている。こうした状況で、「こども保険」なる新たな社会保険を創設することに国民の理解が得られるとは考えにくい。社会保険の限界といってよい。

(4)今後の課題

税制の基本原則は、負担能力(税法では「担税力」といわれる)に応じた「応能負担原則」にある。この原則は、日本国憲法25条の生存権規定から導き出される規範的要請といってよい。同時に、国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条1項)を公権力が侵害してはならない、つまり最低生活費に食い込むような課税や保険料の賦課は行ってはならないという「最低生活費非課税原則」もそこから導き出される基本原則である(北野弘久(黒川功補訂)『税法学原論(第7版)』勁草書房、2016年、122頁参照)。社会保険料についても、憲法の要請する、これらの応能負担原則、最低生活費非課税原則は、当然適用されるべきである(北野・前掲書115頁参照)。

そもそも、保育や子育て支援にかかる費用は税金(一般財源)で賄うのが本来のあり方であり、その税財源は、逆進性の強い消費税ではなく、所得税や法人税の累進性を強化して調達確保されるべきであろう。

いま、多くの国民は、生活や老後の不安を抱え、子育てや介護など社会保障の充実を望んでいる。そして、消費税が増税されても、社会保障は充実しないこと、消費税を社会保障の財源とすることには無理があるのではないかと気づきはじめている。社会保障運動は、応能負担原則に基づく税制改革により社会保障財源を確保し社会保障を充実する対案を提示して、それを野党統一候補の共通政策化し、社会保障の充実を次期衆議院選挙の争点としていくべきと考える。

(『東京保険医新聞』2017年9月25日号掲載)

伊藤 周平(いとう・しゅうへい)
1960年生まれ。鹿児島大学法文学部教授(専攻:社会保障法)。『介護保険法と権利保障』(法律文化社)、『後期高齢者医療制度』(平凡社新書)、『消費税が社会保障を破壊する』(角川新書)など。