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東京保険医協会
原水禁世界大会が閉幕「反核医師の会」が旺盛な取組み
原水爆禁止世界大会は、1954年のビキニ環礁水爆実験による被害以来、原水協(原水爆禁止日本協議会)が主催して毎年開催する反核の集い。今年も8月2日〜9日、世界会議と広島・長崎各大会が催された。うち、4日〜6日開催の広島大会に、東京反核医師の会から代表世話人の渡辺吉明先生(東京歯科保険医協会顧問)と事務局3人が参加した。
■被爆電車に乗って
今回、東京反核医師の会では、5日に行われた戦争と平和を考える各種分科会のうち、動く分科会「被爆電車に乗って」を企画運営。これは親子参加型のイベントで、1945年8月6日に被爆しながらも修復され、現在も活躍中の路面電車(通称・被爆電車)に乗って、戦時中の広島を追体験してもらおうというもの。今回が5回目の開催となる。
午前中は、平和祈念公園に近い広島県立総合体育館に集合し、まずはアニメ「ヒロシマに一番電車が走った」の上映会からスタート。続いて、手話を使いながら歌をうたうなどのレクリエーション、渡辺先生から被爆電車や原爆症について解説があった。
昼食を挟み、いよいよ被爆電車に乗車。参加者約95人は2両に分乗し、それぞれに解説者として地元の教員2人が同乗した。乗車時間はおよそ30分。途中、原爆炸裂時に吹き飛ばされた人の死体であふれていたという橋、瀕死の重傷者が最期に水を求めて飛び込んだ川を渡って、爆心地付近の紙屋町を通り、最後に日赤病院前に保存されている原爆の傷跡生々しい窓枠を車窓に眺めながら、広島電鉄車庫へと入って終点となった。
参加者からは、「何も知らぬまま参加したわが子が『1945年8月6日、広島に大変なことが起きていた』ということを実感できる会になったと思います」との感想も寄せられた。
■被爆電車資料、バッジも大好評
本企画参加者には、東京反核医師の会で用意した解説資料と参加記念バッジ(写真)がプレゼントされた。資料は、渡辺先生収集の被爆電車はじめ広島の路面電車に関する情報や、同会代表世話人の向山新先生が分かりやすく解説した原爆症に関する記事が掲載されている。記念バッジは被爆電車のイラスト入りで、子どもたちは受け取るとすぐに胸や肩に付けていた。
今回はさらに、渡辺先生を筆頭に、できあがったばかりの「反核Tシャツ」を着用して運営にあたった。ライムグリーン地に山吹色の印字で、「色合いもよく、目立ってわかりやすい」と評判だった。
■原水禁世界大会in広島、盛会のうちに閉幕
原水禁世界大会は、8月4日〜6日の日程を無事終え、閉会式で広島アピール文の採決も行われた。
今大会の特徴は、今まで以上に各国代表の参加が多かったことである。中でも、国連軍縮問題担当上級代表のセルジオ・ドゥアルテ氏が参加しスピーチを行ったのは、原水禁大会でも初めてのことだという。そのほか、外国代表約100人が列席しての、国際色豊かな大会となった。
閉会式では、広島特別決議「原爆症認定問題のすみやかな解決を要求します」を拍手で採決した。広島大会は、続く8日〜9日の長崎大会へと引き継がれた。
「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ヒバクシャ」−その声は、今確実に世界へと広がっている。
