【解説】東北メディカルメガバンク――いびつな復興構想と住民から乖離した研究

公開日 2014年05月25日

協会は5月10日、フリーライターの古川美穂氏を講師に招き、学習会「創造的復興と東北メディカルメガバンク」を開催した。

総額500億円の予算のもとで宮城県と東北大学が中心となって進める「東北メディカルメガバンクプロジェクト」では被災者のゲノム情報が収集されている。「震災前と同様の復興をしても右肩下がりの過疎地に戻るだけ」という認識から「創造的復興」を掲げる復興会議。古川氏は綿密な取材を元に、被災者置き去りの復興が進められている様子を語った。

メディカルメガバンク構想とは

東北メディカルメガバンクは大規模ゲノムコホート(※)とバイオバンクの複合事業。被災した沿岸部を中心にした地域コホートで8万人、妊産婦を軸に、生まれてくる子ども、配偶者、父母を対象とした三世代コホートを7万人、合計で15万人のゲノムを解析し、これをデータベース化して、将来の予防医学などに役立てるという。

(※コホート:仲間のグループ。特に統計で、同一の性質を持つ集団)

同時に、総務省管轄で被災地に電子カルテと情報ネットワークを構築するICT化計画があり、これがメガバンクのもう一方の車輪となる。また、医療過疎の被災地の医療支援として、ゲノム研究に集まる若手研究者は、4カ月は被災地の病院に勤務し、8カ月は東北大学でゲノム研究を行うという循環型医師支援を行う。医療支援とゲノム研究を一体的に進めるのがその特徴だ。

3.11の1カ月後、国の復興構想会議は「単なる復旧ではなく未来に向けた創造的復興を目指していくことが重要」と強調、これを受け宮城県知事も水産業特区による漁業の企業化や仙台空港の民営化、メディカルメガバンクを提言した。宮城県・東北メディカルメガバンク機構は「被災地は人の出入りが少なく三世代同居が多いのでゲノムコホートに適している」、「循環型医師支援により医療過疎地に医療を呼びこむ」、「電子カルテやITクラウド化により津波・災害に強い医療情報連携を進める」と説明している。

10年間を目途とするこのプロジェクトについた予算は500億円ほど。県民のなかには「求めてもいないことには巨額の予算をつけて、医療費一部負担金免除などは打ち切られた」と憤る人もいる。

県民への説明と検体採取のあり方

2012年8月、宮城県七ヶ浜町の仮設住宅世話人会にメディカルメガバンク機構長ら8人が訪れ、プロジェクトの説明を20分ほど行ったという。世話人たちへのインタビューによれば、「東北大学が震災支援や復興で果たす役割」や「カルテの電子化」のことで、ゲノムのことは「記憶にない」という世話人もいたという。「当時は高台移転か現地再建か、明日のこともわからず必死な時期。ゲノムなんて難しい話を聞いてもわからないし頭に残らない」と続ける。

2013年5月、七ヶ浜町から特定健診会場における地域住民リクルートがスタートした。会場でプロジェクトの説明を受け、同意を得た住民から血液を採取した。しかしここでも、説明が十分にされているとは言えないようだ。協力した住民に遺伝子検査について聞くと「え、遺伝子?」と首をかしげる人も少なくなかった。「そういう大事なことは集団健診会場のような騒がしいところでなく、静かな場所でじっくり説明してほしかった」との声が出た。

同意の取り方は一度同意すればどのような研究に活用しても構わないとする「包括同意」の形を採っている。メディカルメガバンクは特定の研究目的のために遺伝子採取をするのではなく、前提としてどのような研究がなされるかは決まっていないため、このような同意の取り方になっているようだ。三世代コホート研究における胎児・乳児を含む子どもの同意はどうなっているのだろうか。

遺伝子情報は究極の個人情報だ。しかも本人だけでなく、家族や血縁関係者にも係る情報なので、極めて綿密なセキュリティ管理と倫理指針が求められる。しかし法律なども含めて十分に整備されていないのが現状だ。

検査の協力を呼びかける新聞の折込チラシには検査結果はお返ししますと書いてはあるが、基本的に協力者に返す情報は遺伝子以外の情報だけだ。同チラシには「1,000円相当の商品券を進呈します」とも記載され、1,000円でゲノムを買うような機構の姿勢に批判・疑問が集まっている。

被災者は「社会的弱者ではない」―宮城県知事の放言

研究倫理の考え方を示したヘルシンキ宣言のなかには「社会的弱者・グループ」に対する研究(第17項、現第19項および20項)に関する項目が盛り込まれた(表)。被災者は同宣言における不利な立場または脆弱な人々あるいは、地域社会に該当すると考えられる。

表 ヘルシンキ宣言 第19項、20項(2013年10月改正)

メディカルメガバンクの倫理的な問題について、日本科学者会議/生命と医の倫理研究委員会が「東北メディカルメガバンク及びバイオバンク構想を中止し被災者の要望する医療体制の整備を求める」とする要望書を提出している。また地元住民の間では、「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民復興センター」から知事に対して公開質問状が出されている。それに対する知事の回答はおどろくべきものだった。「メガバンク事業は内閣府における『医療イノベーション5カ年戦略』に位置づけられている国家的プロジェクトであり、被災者の状況を捉え、同宣言の『社会的弱者』に該当するものとは言い難い」―なんと被災者を社会的弱者とは考えない姿勢を見せたのである。そもそも国の事業であることと、その研究の対象者の属性については関係がない。研究倫理において弱者とは、その置かれた状況によって研究に参加するかしないかの自由意思が保障されない人ではないのか。

このような宮城県知事の姿勢は、県復興会議の構成員に如実に表れている。被災した市町村からは委員が選出されず、アリバイ的に東北大学から二人入っているだけだ。ほかは中央論壇で活躍する論客や財閥系シンクタンクのトップが並ぶ。4回の復興会議のうち2回は東京で開催されている。宮城県の復興プランも野村総研が震災前からプランを描いていたものだという。

古川氏は、こうした行政の姿勢、災害便乗型の復興プランが阪神・淡路大震災のものと重なって見えると指摘している。

被災者そっちのけの「創造的復興」(兵庫県)

1995年の阪神淡路大震災でも、街に火がまだ残る震災直後、神戸市長が「神戸空港は計画通り造る。復興の星だ」と宣言した。当時、兵庫県知事が衰退傾向の神戸を再生させるために編み出したスローガンが「創造的復興」だった。

震災から3年後、神戸医療産業都市構想(神戸医療産業クラスタ―)が発表された。神戸空港近くのポートアイランドという出島のような埋立地に先端医療センターや理化学研究所の高度な研究機関を税金優遇策等で呼び込み、医療産業都市を形成する計画であった。しかし、市の思惑ははずれ事業参入が少なく、空いた土地に地元医師会の反対を押し切って市民病院を強引に移転した。先端医療センターでの高度医療提供により医療事故が発生した場合のバックアップ機能を市民病院に求めた背景がある。震災時、ポートアイランドは陸の孤島になっており、一般市民向けの病院を移転して災害時の医療は確保できるのだろうか。

復興の星とされた神戸空港も2010年度の利用者は予測の半分の200万人ほど。完全な赤字空港となっている。建物ばかり立派なので、街は復興できたように見えるが、以前の状態にさえ戻れない人が多く、住民の心の復興は全く出来ていない。仮設住宅・復興住宅での孤独死は1,000人を超えている。宮城県でも全く同じことが繰り返されている。

被災地を大企業の食い物に

今年2月、東芝がメディカルメガバンク事業に協力参入するという発表を行った。聞くところによると事業の予算が減額され、企業資金に頼る必要性が発生したという。ゲノム解析事業に参入することで東芝はヘルスケア産業で優位に立とうとしているのだ。被災地の復興とはもはや関係が見いだせず、ビジネスチャンスを求める場となってしまった。

また東北メディカルメガバンクは公費による研究である。成果が芳しくない場合や不祥事が起こった場合、予算は削減される。その時に遺伝子採取だけでなく医師派遣事業さえもたちまち中断せざるを得なくなってしまうだろう。

なぜ東北メディカルメガバンクに復興予算が使われなければならないのか。そしてゲノム研究と医師派遣を一体的に行うプロジェクトを推進する必要があるのか。いま、被災地宮城県には、知事や行政担当者、研究者が倫理規範を遵守するとともに、大企業のビジネスチャンスを優先させる創造的復興ではなく、住民の生活、生業再建の立場に立脚した復旧・復興事業への速やかな転換が求められる。

(『東京保険医新聞』2014年5月25日号掲載)