10月開始「インボイス制度」が大問題の理由

公開日 2023年09月19日

10月開始「インボイス制度」が大問題の理由


東京あきば会計事務所 税理士 奥津  年弘

 政府は、この10月1日から、消費税税額の計算を、帳簿方式(帳簿上の計算)から、適格請求書等保存方式(通称インボイス制度)に移行しようとしています。この適格請求書等保存方式は、「事業者の申請により国税庁が指定した登録番号と消費税額を請求書・領収書に記載すること」を求めています。今回は、仕組み、医療機関とのかかわりと対応、問題点について触れていきます。

1.税額計算のしくみ

 消費税税額の計算は、原則は、課税売上にかかる消費税から、仕入や経費に係る消費税を差し引いて、その差額を納付するというものです(仕入税額控除)。政府は、取引の都度、原則としてインボイスを受け取ることができる仕入・経費のみ、仕入税額控除を認めると決めました。これにより原則課税事業者は、免税事業者との取引ではインボイスを取得できませんので、自己の納税額が増えることになります。

2.医療機関の状況と対応

(1)申告状況を確認
 対応を考えるにあたり、まず自己の申告状況によって課題が変わります。

 ①は、課税対象となる収入について、登録事業者(=消費税納税を選択)となるか免税事業者のままでいるか判断する必要があります。
 ②は、特段の判断は必要ありません。
 ③は、主に課税売上が5,000万円超の事業者ですが、仕入事業からの請求書等がインボイスかどうか確認する作業が生じます。

(2)免税事業者の具体的対応
 免税事業者は、インボイスを求められる取引がどの程度想定されるかを考えます。医療機関の主要な収入は保険診療ですが、非課税対象となっています(労災・自賠責保険収入も同様)。課税対象は、自費収入、健診・予防接種・文書料・物品の販売などです。

 一方、インボイスを要求するのは、事業者です。通常、患者さんは求めません。上記Aの場合、課税対象となる収入がごくわずかであれば免税事業者のままで問題ありません。皮膚科や精神科などはこのケースが多いと思います。

 検討が必要なのは、Bの健診事業・予防接種を含め数百万円の収入がある場合です。

(3)医師会等の対応
 医師会は、健診などの受託事業が5,000万円超のため、ほぼ原則課税事業者です。そのため、免税事業者への委託分については、仕入税額控除ができなくなり自己の納税が増えます。一部の医師会では、説明会等で、免税事業者にも、課税事業者になり番号を知らせるようかなり強い「説明」があったようです。

 10月以降は、原則事業者には、免税事業者の取引でも、最初の3年間は80%、次の3年間は50%の仕入税額控除が可能という特例があります。いくつかの医師会は、非登録医療機関について最初の3年間は、消費税10%分の内2%分削減して支払うという対応をとるようです。

(4)課税事業者の選択をすべきか
 課税事業者になるとどのくらいの納税が生じるのでしょうか。たとえば、現在消費税対象収入が、窓口自費収入165万円、健診・予防接種収入770万円、合計935万円あるとします。10月以降、課税事業者を選択した場合、計算過程は割愛しますが、簡易課税申告で納税額は、年間42万5千円となります。ただし、最初の3年間は、負担軽減の特例があり、約17万円となります。

 一方、免税事業者を維持した場合は、医師会からの受託料の消費税相当の2%を削減されると、本来770万円の収入が756万円になり、14万円の減収となります。このケースの場合、最初の3年は、免税事業者維持でよいということになります。

 次の3年(相手方50%の仕入税額控除可能)の期間では、消費税相当の5%を削減されるとした場合、減収が35万円相当になりますが、課税事業者を選択した場合の納税額は、特例なしの42万5千円となり、これも免税事業者維持でよいということになります。ケースごとに試算は必要ですが、おおむね免税事業者は、特例のある6年間はこのままでいたほうがよいと言えます。7年目以降はまた検討が必要です。

(5)9月30日までは取り下げも可能
 免税事業者の中には、言われるまま番号申請(課税事業者選択)をしてしまった方もいます。ある調査では、一度登録したが、取り下げた件数が1万630件にのぼるとしています(登録事業者は、国税庁公表サイトに表示されますが、次月に番号が抹消された数値をもとに算出、番号抹消は、廃業・合併などの理由もあり)。9月30日までは取り下げは可能です。

3.インボイスの何が問題なのか

(1)真の理由は増税
 政府は、インボイスの必要性について「複数税率の下で、課税を行うために必要だ」(2022年3月17日国会質問に対しての答弁)としています。しかし、複数税率が導入されてほぼ4年ですが、特に問題が生じているわけではありません。真の狙いは、免税制度の実質的縮小・廃止、それによる増税、さらなる税率引き上げの準備です。ある税理士の試算では、登録を検討している小規模事業者・非事業者(自販機設置・駐車場賃貸などで収入有)が1,500万人おり、仮に大半が登録となった場合、最低でも1兆円の増税が予想されます。

(2)消費税は実質価格の一部
 免税事業者も消費税相当をもらっているのだから、課税事業者になって当然だという声があります。しかし本来、売上1,000万円以下の事業者に対する免税点制度は、経済的に担税力がなく、申告の手間・負担を考えれば納税を省略するべきという制度です。

 消費税法では、「消費税額を預かること」という転嫁義務規定がありません。消費税を転嫁できるか否かは取引先との力関係によります。消費税は、法律上・経済実態上も、価格の一部として扱われており、転嫁も自由です。厳格な間接税ではありません。事業者が負担する第二事業税、第二法人税です。私の知るクリーニング店は、税率5%、8%、10%の時期を通してワイシャツ1枚200円でした。事業者対事業者の取引の場合でも、消費税という名目は設定されていても、消費税を合算した価格での値決めが多いのです。

 そもそも医療機関では、保険診療が非課税であることにより仕入税額控除ができず、消費税を最終負担者として直接負担、すなわち「損税」が生じています。消費税導入当初は、診療報酬に消費税の上乗せを行ったとされていますが、度重なるマイナス改定と段階的な10%への増税により、補填がされているとは言い難い状態です。

(3)フリーランスは1カ月分の生活費が消える
 また所得税の課税最低限が低すぎるため、消費税を負担しきれない個人事業者が多くいます。デザイナー・ライター・俳優などのフリーランスの40%は年収400万円以下といわれています。たとえば年収が 480万円の事業者で経費が 120万円の場合、国保料・年金40万円支払い、所得税・住民税・事業税は36万円生じます(扶養家族なし・青色特別控除最大の場合)。残る生活費は284万円となり、1カ月24万円弱です。課税事業者となると消費税納税は22万円となり、ほぼ1カ月分の生活費が消えます。個人タクシー運転手の99%は免税事業者で、平均年収は660万円ほどと言われていますが、年間30万円の負担増が予想され、やはり生活費1カ月分が消えます。発生する消費税を誰が負担することになるのでしょうか。物価が上がるか、事業者の可処分所得(生活資金)が減少するかです。

4.最後に

 現在、全国の地方議会で、中止・延期の意見書が出されており、3月末で171自治体が採択しています。日本商工会議所、全国青色申告会総連合などの公的団体も中止・延期などを求めていました。民間では、ライター、俳優・声優・音楽家の団体も中止の声を上げ続けています。

 消費税導入前に、画策された取引に課税する「売上税」にインボイス同様の「税額表」というものがあり、国民・事業者の猛反対でつぶれた経過があります。消費税法は、成立以来34年間もインボイスなしで問題なくやってきており、納税者には、インボイスなしでも仕入税額控除する権利があります。開始される10月以降も、インボイスの運用に反対する運動が必要です。
 

(『東京保険医新聞』2023年9月5日号掲載)