マイナンバー問題学習会を開催 根本的な制度の再設計を

公開日 2023年09月19日

 広報部と政策調査部は8月2日、マイナンバー問題の学習会を開催し、広報部、政策調査部員および協会役員など18人が参加した。講師の八木晃二氏(慶應義塾大学、専修大学兼任講師、博士(情報管理))は、「マイナンバー制度の問題点と解決策(私案)」と題し講演した。

 八木氏は2009年に政府内でマイナンバー制度の検討会が立ち上げられた当初から、その問題点を指摘し、提言を行ってきた。現在、マイナンバーとマイナンバーカード(以下、マイナカード)をめぐるトラブルが噴出しているが、当初指摘した問題が現実のものとして表面化してきたものだと述べた。


講師の八木晃二氏

名寄せの間違い 再点検では正しいデータには戻らない

 マイナンバー制度の問題点は、初歩的問題と、根本的な設計の問題の2つに分かれる。

 初歩的問題を代表するものとして、「名寄せ」がある。複数のデータから同じ個人の情報をまとめる「名寄せ」は、名寄せミスが発生しないよう、本来厳密な名寄せ基準作成とチェック体制の下で慎重に行われるべきものだ。「政府は再点検を行うとしているが、一度いい加減な基準で名寄せ作業を行いそのデータを使用開始してしまうと、その後どれだけ修正を繰り返しても正しいデータには戻らない(引っ越しや結婚などの理由によって、住所と氏名は常にリアルタイムに変更になるため、どのデータがマスターデータとして正しいのかを判断することができず、完全に正しいデータに戻すことはできない。名寄せに失敗した消えた年金が二度と正しいデータに戻せなかったのと同様である)。政府がマイナカードの普及を急ぎ過ぎた結果だ」と八木氏は指摘した。

 初歩的問題としてはその他に、富士通の排他制御プログラムのミスや医療機関でのオンライン資格確認の顔認証システムの顔認識率の問題などを挙げた。

「実印」を常時携帯させるに等しい制度設計

 マイナンバー制度の根本的な設計の問題として、八木氏は「4つの本人確認機能+1(保険証機能)」を強引に1枚のマイナカードに入れ込んだことを指摘した。

 「本人確認」という言葉には、身元確認、当人確認、真正性の確認、属性情報確認など、様々な意味がある。

 そのうち、身元証明書の情報と目前の人の形質情報を確認する「身元確認」と、ログインアカウント名とパスワードの組み合わせなど本人しか知り得ない情報を確認する「当人確認」の2つが狭義の本人確認(オンラインでの本人確認)とされ、それぞれ、確認の厳密性や複雑性等でレベルが分かれる。身元確認と当人確認のどちらか1つでも保証レベルが低いと、本人確認全体の強度が下がる。

 マイナカードは、耐タンパー性(外部からの情報の抜き取りや改ざん等への耐性)を備え、暗証番号を使用しているため、両方の確認の保証レベルが高いとされているが、それはカードを本人が所持していること、暗証番号を本人のみが知っていることが前提である。

 実社会では、場面ごとに求められる当人確認のレベルは変わるため、認印、銀行印、実印の使い分けが行われる。しかし、マイナカードは「社会保障・税の番号制度」「国民ID制度」「身元証明書制度」等、本来別々の目的が盛り込まれた結果、全ての機能が1枚のカードに集約され、どの手続きにもマイナカードを用いる仕組みになっている。これは全ての手続きに実印を使わせ、常時携行させるのと同じである。「『卵を1つの籠に盛るな』のたとえのとおり、これ1つで何でもできるということは、1つ破られれば全て破られるということに繋がり、非常に危険だ」と八木氏は述べた。

 4桁の暗証番号も、既に氏名住所と4桁暗証番号のリストが様々な機関や企業から漏洩しているため、マッチングされやすい。暗証番号を誕生日に設定したり、付箋でカードに貼る人も少なくなく、安全とは言えないとした。

保険証との一体化で当人確認のレベルは最低に

 さらに、マイナカードを保険証と一体化すれば、紛失・盗難のリスクが上がる他、高齢者施設ではマイナカードを施設に預け、暗証番号も施設に教えることになる。そのため、カード、暗証番号、氏名の管理台帳を作る必要が実務的に生じ、施設の閉鎖や職員の転職時等に情報漏洩が起こるのは必至である。

 「保険証との一体化で、実社会で発生するマイナカードの取り扱いによって、マイナカードと暗証番号を使用した当人確認のレベルは最低レベルまで落ちているにも関わらず、政府・デジタル庁がそのことに気づいていないことが最大の問題だ。今のマイナカードと暗証番号を使用してオンラインで銀行口座が開設できるなど、とんでもない話である」と八木氏は指摘した。

 これらの問題の解決策として、八木氏は①マイナンバー制度を、「社会保障・税の番号制度」「国民ID制度」「身元証明書制度」に分解し、制度設計をし直す、②マイナンバー制度の元々の目的である、所得の把握と公平な課税に立ち戻り、現在のマイナンバーを廃棄して新規の納税者番号を導入する。この新納税者番号を主キーとして、名寄せ基準を明確にした後に名寄せ作業をゼロからやり直すことが、今の名寄せ問題解決の唯一の道である。③マイナカードは廃棄し、顔写真のある身元証明書カード(全国民に配布)と、行政システムにアクセスするためのカード(任意取得、実際にはカード発行はせずにスマホの使用でも問題はない)に分ける、を提案した。カードを2つに分ければ、身元証明書カードは保険証と一体化することも検討可能となる。

 質疑応答では、関連業界がマイナンバー制度を通じて利益を得ていることや、政府が今後新しいマイナカードを作るとしている意図について質問が出た。八木氏は、「政府はカード取得後5年毎にカードを更新しない人が多く出ることを予測し、先回りして新しいカードを作ろうとしているのではないか。こうしたことも含め、トラブルが起こり、システムの修繕や作り直しが生じるたびに、関連企業が利益を得て『焼け太り』する構造的な問題がある」と指摘した。


活発な質疑応答が行われた(8月2日、セミナールーム)

(『東京保険医新聞』2023年9月5日号掲載)