[解説]マイナ保険証・オン資の利用拡大/医療DX関連の動向

公開日 2023年12月11日

❖マイナ保険証の利用率に応じた医療機関に支援金 公正さ欠く強引な推進策

 厚労省は2023年度の補正予算案で、DX・イノベーションの推進に向けて1,828億円を計上した。このうちマイナンバーカード・保険証一体化に向けた施策に887億円を割いている。マイナ保険証の利用促進として、医療機関等への支援に217億円をあてた。支援の内容は、初診・再診などでのマイナ保険証の利用率の増加量に応じた金額を支出する、というものである。前半期(2024年1~5月)と後半期(2024年6~11月)に分けて、期間中の平均利用率と、2023年10月の利用率との比較に基づいて対応する。

 また、マイナ保険証を読み込むカードリーダー1台につき、月500件以上の利用がある医療機関には、カードリーダーを増やすのに必要な費用の一部を最大3台分補助するとしている。支給額などの詳細は今後検討される。

 「より良い医療」にオンライン資格確認がどのように貢献していると言えるのか、具体的な根拠はない。「支援」の形を借りて、マイナ保険証利用の旗振りを個々の医療機関に担わせるものであり、公正さを欠いている。

 国はマイナポイントをはじめとする「飴」を乱発しているが、国の意に沿う行動にのみ金銭的な特典を与えることは、国民の自己決定権を侵害するものであり、不当である。

❖保険証機能のみの暗証番号なしマイナカード 11月末から申請受付・交付開始

 11月末から、暗証番号の設定が不要で、保険証の機能に限定された「暗証番号なし(顔認証)マイナカード」の申請受付・交付が全国の自治体で開始される。

 高齢者や障害者など、暗証番号の設定や管理に不安のある人たちを対象にしたもので、「暗証番号なし(顔認証)マイナカード」で医療機関・薬局等を受診した場合、暗証番号による本人確認ができないため、原則として顔認証を行う。顔認証の入力が難しい場合には、受付職員が「目視モード」を立ち上げ、券面に記録された顔写真と一致することを目視で確認する。カードの追記欄には見分けがつくよう「顔認証」の記載が入れられる。

 交付にあたっては、新しいマイナカードが送付されるのではなく、「既存のマイナカードを一度マイナ保険証として登録した上で、保険証以外の機能を外す」という手順を踏む。申請手続きは本人か代理人が、各自治体の窓口で行い、マイナカードから暗証番号を利用する機能を取り除き、「顔認証」にする設定は各自治体が担う。

「資格確認書」「被保険者資格申立書」「資格情報のお知らせ」に続く、新たな保険証の代替品であり、「健康保険証の存続」という唯一の単純な解決策を選びたくないがための弥縫策である。複数の証明書類、システムが混在することによる窓口での混乱は避け難く、各自治体への作業負担の増大も深刻だ。

❖国民に支持されていないマイナ保険証 今一度システムの再検証を

 マイナ保険証の利用率は、オン資等システム導入原則義務化が開始された4月の6.3%をピークとして6カ月連続で低下しており、10月時点の利用率は4.49%である。政府の強引な推進策にもかかわらず、利用率が伸び悩むどころか低下し続けている事実は重い。窓口での負担割合の誤表示や他人の医療情報との紐づけ等の重大なトラブルが続出したほか、国が謳うメリットも実感できず、逆に手間が増える、毎回提示をもとめられる等の実態が、国民の多くに知られる所となっている。そもそも、11月末までの完了を目標にしていた「マイナンバー情報総点検」はいまだ完了しておらず、その総括も行われていない。

 国民の自己決定権を損なう経済誘導を重ねるのではなく、今一度システムを根本的に再検証し、自己情報コントロール権を基礎とした、国民にとって有用で安全なデジタル化を目指すべきだ。

❖専門家団体が声明 保険証廃止問題に言及

 10月6日、日本弁護士連合会は「人権としての『医療へのアクセス』が保障される社会の実現を目指す決議」を公表した。同決議では、医療費の自己負担増、医療提供体制の抑制、貧困と格差の拡大等の要因により、医療へのアクセスが阻害されている現状を指摘し、その解決のために「1.誰もが必要な医療を受けられる医療保険制度の構築」「2.医療提供体制の充実」「3.公衆衛生体制の充実」「4.地域を支える存在としての医療・公衆衛生の重要性」「5.社会構造上の要員と公的取組」の5つを要望している。健康保険証の廃止についても、「マイナンバーカードと健康保険証の一体化に大きな不安を抱く市民も多いことも踏まえ、現行のままの健康保険証を選択する権利を認めること」を求めている。

 また、10月10日、情報システム学会は「『マイナンバー制度の問題点と解決策』に関する提言」を公表した。同提言は、導入初期の問題と、制度設計の根本的な問題とに分けて論じており、後者においては、「本人確認」に含まれる複数の機能を1枚のカードに入れたことで、「最高保証レベルの当人確認として使用可能なマイナンバーカードを、身元証明書として使用させ常時携行させる」矛盾が生じたとしている。マイナカードと保険証の一体化についても、紛失・盗難率の上昇、なりすましリスクの増加、高齢者施設における情報漏洩リスクなどの問題を指摘している。解決策として「名寄せ用番号」「身元証明書カード」「当人確認用カード」の三つに分けること、現在のマイナンバーカードは身元証明書カードと引き換えに廃棄することを提案しており、根本的な制度再設計を求めている。

 他分野の専門家団体が相次いで医療や保険証廃止の問題に言及しているのは異例であり、共同した取り組みが求められる。

❖公的DBで「仮名加工情報」活用へ法制度化を検討

 厚労省は11月13日、「医療等情報の二次利用に関するワーキンググループ(WG)」の初会合を開いた。今後、公的データベース(DB)で仮名加工医療情報を保護・利活用するための法制度、情報連携基盤の整備の方向性を議論していく方針を確認した。

 「仮名加工医療情報」とは、他の情報と照合しない限り、個人を特定できないよう加工した医療情報を指し、個人情報から氏名やID等の削除が必要だが、匿名加工医療情報と異なり、特異な値や希少疾患名等の削除等は不要。2023年5月公布の改正次世代医療基盤法で、従来の匿名加工医療情報に加えて、仮名加工医療情報の利活用の仕組みが創設された。

 厚労省は、「法制度については公的DBの議論になるが、情報連携基盤に関しては将来的に民間DBとの連携も視野に入る可能性がある」と述べた。

 同日に日本製薬工業協会へのヒアリングが行われた。業界側は仮名加工情報がもたらすメリットとして、ライフコースデータの収集、臨床開発の効率化・精度上昇、安全性評価の充実などを挙げた一方で、運用面や得られるデータの範囲で課題が残っているとし、欧州では明確なルールのもと効率的に医療等データを収集・利用するための枠組み「EHDS(the European Health Data Space)」の整備が進んでおり、国内でも同様の取り組みを推進するべきと主張した(図参照)。

 仮名加工情報は、他の情報と照合すれば個人が特定できてしまう場合でも、照合しなければわからない限り条件を満たす。識別目的での照合は禁止されているものの、情報漏洩等によって個人の医療情報が把握される等、深刻な人権侵害が生じる恐れがある。

 EHDSは、GDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)の解釈や実施に関する加盟国間の不均衡等を理由に、2022年5月に欧州委員会によって規制提案として提出されたもので、趣旨の1つに「自然人が電子健康データを容易に管理できるようにすること」が含まれ、自己情報コントロール権がそもそも法的に確立されていない日本とは前提条件が異なる。「利活用」に偏った国内の議論に都合良く利用されないよう、注視が必要だ。

 

(『東京保険医新聞』2023年12月5・15日号掲載)