税理士懇談会 コロナ禍を経て医業経営はどうなる?

公開日 2024年01月09日

 11月20日、経営税務部は保険医サポートセンターの税理士8人と懇談会を行いました。医業経営の現状から、インボイス制度・電子帳簿保存法(電帳法)への対応、国税庁がねらう徴税強化まで語っていただき、医療機関がおかれている状況が明らかとなりました。

 
 <出席税理士>(写真左上から)大木 進次郎、山口 玉美、平澤 康大、奥津 年弘、山内 眞人、益子 良一、海老原 玲子、中 雅博
<経営税務部出席> 吉田 章 副会長、酒井 均 部長、 横山 佳明 会員、竹﨑 三立 会員、赤羽根 巌 会員

『開業医は儲けすぎ』か?

【司会・酒井部長】本日は4年ぶりの税理士懇談会にご参加いただき、ありがとうございます。早速ですが、医療機関の経営状況についてお伺いします。2023年11月20日の財務省財政制度審議会(以下、財政審)の建議では、医院経営は、2020年をベースにすると、2021年から2022年にかけて経常利益が伸びているとしています。2020年はコロナ禍で落ち込んだので当然です。さらに、開業医の平均給与は3,000万円と高すぎるので、診療報酬を削減して医療費を抑制せよと主張しています。個人的には全くそんな実感はありませんし、とんでもない言説という印象なのですが、世間一般の診療所はこのような批判にさらされるほど大幅に増収しているのでしょうか。

【海老原税理士】好調とは言えないと思います。少なくとも新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が5類に移行したことで、これまで出ていた補助金がなくなりました。また、コロナの影響も各科で様々ですが、例えば内科の中でも積極的にコロナ患者を診たか否かで差があり、整形外科などで高齢者の受診が多いところとか、コロナ禍で長期処方が常態化し、受診頻度が減ってそのまま回復していないところもあります。

 財政審の建議については、単純に世の中の物価が上がっている中、診療報酬だけ下がる道理がありませんよね。基本的に人の介入が大きい業種は賃金が上がっていて、診察は人が人を診るという点で最たるものですから。

【平澤税理士】発熱外来で一時的に利益は良くなったものの、逆に今まで来ていた患者がコロナに罹る不安から通院を避けるようになった診療所もありますね。他には例えば地域差もあり、整形外科も人が集まる都心はいいのですが、ベッドタウンでは通院していた高齢者がコロナの影響で受診回数が減り、それに伴い収入も減っています。コロナ禍を経て患者層が変化した診療所は多いのではないでしょうか。

【益子税理士】病院でコロナ病床を持っているところは、5類化後は補助金がほとんど出なくなりましたね。引き換えに今までの通院患者が戻ってきたかと言うと戻っていない。しかも病床は引き続きコロナ患者受け入れ態勢を維持しなければならないので、新しく患者を入れるわけにもいかないという苦労をされています。財政審は給与と年収を混同しているのではないでしょうか。例えば、保険診療収入が年間3,000万円あったとしてもそこから経費を差し引き、所得として3,000万円に届いている人はあまりいないのではないかと思います。

【山内税理士】発熱外来をやらない内科は、ほぼ慢性疾患の患者しか来なかった所も多かったですね。内科の場合、今はコロナ検査等の点数が下げられたのと検査数が減ったことで、診療報酬単価の平均点数が7割ほどになっています。患者数も減っているとさらにひどくなります。財政審は経常利益が上がっていると主張していますが、経常利益は経費がない助成金など雑収入を含んだ後なので、通常営業だけの医業利益で比較すべきですね。

【横山会員】コロナ禍中は医師も従業員も自身のコロナ感染リスクがあるにもかかわらず、医療機関によっては標榜時間外に発熱外来を行い、保健所機能を肩代わりして深夜まで報告などの労働をした対価として増収となったのにもかかわらず、額面だけを見て診療報酬を下げろというのは納得がいきません。

【竹﨑会員】病院は補助金がなくなったうえに、コロナ禍で受けた融資の返済が始まっています。診療所も患者が長期処方に慣れてしまい、以前は2週に1回来ていた患者が1カ月に1回となり、果ては来なくなる人もいます。病気の管理ができずに重症化が危惧されますし、経営的にもマイナスです。加えて、在宅やデイケア、透析など送迎を行っている診療所は送迎車の運転手が足りないという問題もあります。人手不足が大きなネックになって事業縮小を検討しなければならないほどです。

 医師の総残業時間規制も2024年4月から始まりますし、大学病院からアルバイト医師を雇用している診療所・病院は医師不足で実質的に経営が成り立たなくなる可能性もあります。

診療報酬引き下げと人手不足の二重苦

【中税理士】最近の医療機関からの相談は税務よりも人事労務が圧倒的に多いですね。人がなかなか採用できなくて、新規開業でさえ、開業場所によってはすごく苦労しています。募集費用もかなり要すうえ、9時から17時の勤務のみ希望する方や、夕方や土曜勤務はできない方など、マッチングも難しくなっています。

 医師引退の選択肢としては閉院か第三者承継か家族承継ですが、今の状況だと、子どもに継いでほしいとは言えないという方もいます。第三者への売却が難しく、やむなく閉院される方も多いです。

【山口税理士】資産的に余裕のある勤務医でも、開業医は診療報酬が低くて経営が大変なので、このまま勤務医でいるという方が増えていますね。

【大木税理士】喫緊の課題として、物価上昇に対応して賃上げをどうすればよいか悩んでいる院長は多くいらっしゃいます。ただ、気持ちとしては賃上げしたいものの、収入が増える見込みが薄いので、現実問題としては厳しいという結論になってしまいます。

【吉田副会長】世の中は賃上げと言いますが、診療報酬は公定価格なので他業種と違い価格転嫁できません。仕入価格などは上がっているので、利益を削って賃上げするしかないのが現状です。今のままでは、賃上げできずに従業員がやめても新たに雇うこともできない。最悪廃業する医院が出ててきてもおかしくないのではないでしょうか。

【竹﨑会員】看護師一人採用するのに100万円かけたとか、介護士一人雇うのに150万円かけたという話が珍しくありません。そんな人手不足の中で診療報酬が下がると、もう医療業界は縮小するという帰結しかないですよね。

免税事業者は6年間インボイスは様子見で

【酒井部長】今年は10月から適格請求書等保存方式(通称インボイス制度・6面参照)が始まり、来年は1月から電子帳簿保存法(以下電帳法※)が完全実施されるなど、ここ3カ月ほどでかなり税務の制度変更がありますが、これらの医療機関への影響はいかがでしょうか?
※電子的にやりとりした取引情報をデータのままで保存することを義務化した法律。

【奥津税理士】インボイス制度については、今まで免税事業者だった医療機関が無理して登録する必要はありません。浦野広明税理士が形骸化運動を説いていますが、そもそも制度自体が非常に不合理に設計されているので、今後6年は特例を活用して免税を維持すればよいと思いますね。もちろん経営陣と税理士で話し合って合意できればという前提の上ですが。

【山口税理士】健診などを多数引き受けている原則課税医療機関のインボイス登録をしましたが、実際に税務作業をしてみると、個別対応方式によって課税仕入を「自費や健診などの課税売上にのみ対応」「保険診療などの非課税売上のみ対応」「自費・保険等両方の共通対応」と3通りの区分が元々あったところに「適格」「非適格」の要素が加わったので、結構大変です。

【益子税理士】健診は医師会を経由することが多いわけですが、インボイス登録しない医療機関に対して取引価格を下げると通達した地区医師会があり、公正取引委員会に指導されそうになって慌てて文言を変えたという話も聞きます。インボイスが関係する医療機関はあまり多くないはずですが、10月開始後は細かい問合せが寄せられるようになりましたから、電帳法も1月に実際に動き出すと色々疑問点が出てくるのではないでしょうか。

 今年はインボイス、来年は電帳法、さらにオンライン資格確認義務化もあり、廃業を検討している先生も見受けられます。地域医療にもマイナスなのは間違いありません。

問題だらけの電子帳簿保存法と税務調査への影響

【奥津税理士】電帳法は法律本体と、施行令、施行規則から成っていますが、条文は8条しかありません。内閣が閣議決定する施行令と、財務大臣が定める施行規則は法律ではありませんが、良からぬ内容は全て施行規則に盛り込まれています。さらに通達と通達解説と一問一答があり、それら全てを含めるとたった8条の法律が130頁ほどに膨れ上がります。それらで事業者に大変な作業を押し付けているわけです。例えば電子保存に検索要件というものがあり、2つ以上の要素で検索できるようにデータ化することを求めていますが、要件を満たさない場合は税務調査で帳簿等のダウンロードの求めに応じなければなりません。問題はこれが施行規則に書いてあるということと、通達でさらに拡大解釈していることです。一問一答には、PCに保管された取引に関するメールも出させることができるとまで記載があり、本来の国税通則法の範囲を超えています。

 このように、法律の外にとんでもないことを盛り込んでいますから、今後の推移を厳しく監視する必要があります。税務署が小規模事業者などを法律に無知だとみなせば、いくらでも増長しかねません。これまでも、税務調査でPCデータを勝手に持ち帰られたなど報告があり、電帳法によりさらに助長するのではと危惧しています。

【益子税理士】国税通則法の質問検査権の中にある留置権は、税務署が税務調査で書類を持ち帰ってもよいが必ず返還せよと定めています。電子取引について、電帳法の条文では「提示又は提出」とされていますが、こちら側の対応としては「提出」まで許容せず、必要に応じて指定された箇所をその場で調査官に見せる「提示」で事足りるのではないかと考えています。そうでないと、どうやって「返す」のかという疑問が残りますから。

 なお、通達は上級庁が下級庁に対する命令と言う点でまだ法的根拠がありますが、「ダウンロードの求め」を記した一問一答はそのような法的根拠もなく書かれたものです。提示をすればダウンロードは必要ないということを税理士が主張していかなければならないと思います。

税務行政DX化の未来

【山口税理士】税務署自体DXが進んでいなくて、必要書類連絡に未だにFAXを使用していたり、税務調査の時にPC1台しか持ってこないという始末なので、税理士がしっかり理論武装して調査に立ち会い、ダウンロードを断るのが頑張りどころだと思ってます。

 実際問題としては、インボイス制度についていけない中小事業者も多いので、インボイスの不備により消費税の仕入税額控除を一部でも否認することは、できていない事業者の全部を認めないことに繋がりますので、それはできないのではないかと思っています。過度に恐れる必要もないのではないでしょうか。

【益子税理士】税務署から求められた資料を提出する際、メールでの提出を認めていません。税務署がFAXや紙文書に拘泥するのは、実のところ電子での提出は情報漏洩等があると信頼していないからでしょうね(笑)。ただ、税務調査対象先をAIで選定していくKSK(国税総合管理)システムに予算がついたので、今後はそれが稼働し始めます。

【中税理士】国税庁は、電帳法に違反していてもいきなり青色申告承認の取り消しはないと言っています。幸いにして医療機関は一般企業と比べて電子取引は少ないので、今後どういう対応をされるのか見ながら、当面はとりあえず電子取引データをPCに保存しながらも、紙を出力しておけば十分ではないかというのが率直なところです。山口税理士が仰ったように、多くの中小事業者が理想的な対応をできるとも思えません。

【平澤税理士】インボイスについては、9月13日の日本経済新聞のインタビューで国税庁長官が細かなことで一つ一つ否認はせず、補助的な資料で仮払消費税になっていればいいと述べていますよね。加えて、10月1日の開始日に一問一答を出すほどなので、過敏になる必要はないのではと思います。電帳法に関しては税理士会でも今後どう考えていくかアンケートを実施するようです。もちろん廃止や変化させるために声を上げ続ける必要はありますが、変わっていくのではないでしょうか。

【大木税理士】インボイスも電帳法も、後出しで色々な特例が出るので、ここまで手間をかけるのは誰の得になるのかよく分からないですね。皆様仰るように、当面インボイスは6年の特例がありますし、電帳法についてはPCに保存だけはしておくよう顧問先にはお願いしています。

 東京税理士会の情報システム委員会に長く在籍していましたが、インボイスも電帳法もおそらく繋がっていて、将来的には台湾のように全部電子で管理したいのではないでしょうか。そういうことが日本で実際できるかという問題はありますが、注意していないと税理士の仕事も徐々に変わっていくのではと考えています。

【山内税理士】税法は小さく産んで大きく育てることが多く、例えば消費税導入時は3,000万円以下が免税でしたが、いつの間にか1,000万円以下になり、インボイスで1,000万円以下も実質的に納税しろと言ってきたわけです。

 税務署のITリテラシーも今は低いかもしれませんが、10年後には若くITリテラシーのある税務署員が中堅になって調査に来るので、最悪を想定して、今から対策していく必要があるでしょう。

【酒井部長】インボイス制度に電帳法など複雑怪奇な制度が次々と出てくる中で、今回の懇談を通じて少しずつ雲が散るように協会が向き合うべきことも見えてきたような気がします。本日はありがとうございました。
 

(『東京保険医新聞』2023年12月25日号掲載)