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東京保険医協会は、1963年10月に保険医の生活と権利を守り、国民の健康と医療の向上をはかることを目的に設立された保険医の自主的な任意団体です。
会員数は約5,182人です(2011年4月現在)。目的達成のため、国民と共同した運動により医療制度の改善を追及するとともに、会員サービスのための諸事業を行っています。毎年300人以上の保険医が入会しており、都内に20支部を設けて支部ごとの多彩な活動を展開しています。
また、全国の都道府県に設立されている保険医協会により全国保険医団体連合会(保団連)が組織されています。保団連加盟団体の会員総数は医師6万5,000人、歯科医師3万8,000人で合わせて10万3,000人(2011年4月現在)です。
保団連・東京保険医協会は、国政に対し医療・社会保険制度の充実を求めて、はたらきかけを行っています。
東京保険医協会では、事業を円滑に行うために各会・各専門部が設けられています。事務局は理事会を補佐し、日常業務を遂行するために設置されており、20人あまりの事務局員が勤務しています。
都内に20支部あり、保険医協会に入会すると会員は当該地区の支部に所属します。
●中央支部(千代田区、中央区、台東区、文京区)●港支部●城南支部(大田区、品川区)●墨田支部●江東支部●荒川支部●足立支部●葛飾支部●江戸川支部●新宿支部●目黒支部●世田谷・渋谷支部●中野支部●杉並支部●北支部●板橋・豊島支部●練馬支部●北多摩支部●南多摩支部●西多摩支部
東京保険医協会の会員の大部分は同時に医師会にも入会されています。医師会と東京保険医協会の違いはどこにあり、どのような関係にあるのでしょうか。医師会は定款で医道の高揚、学術の発達・普及、公衆衛生の向上を目的にあげています。また、行政の認可を受けて設立され、行政の監督を受ける公益社団法人です。そのため、行政関連の公衆衛生業務を主たる事業としてます。これに対して東京保険医協会は、保険医の生活と権利を守ることと国民医療の向上をはかることを目的とする自主的な任意団体です。したがって保険医の要求に基づいて自由に事業や活動を行うことができます。東京保険医協会は、保険医の要求を実現する立場から医師会との協力、共同をすすめることを重視し、懇談など意思疎通をはかるよう努力しています。
1983年12月、東京地裁、時岡裁判長から「主文、被告は原告に対して金425円を支払え」。
判決のとき、新井章弁護士がすぐにVサインを送った。当時の東京協会事務局の朝日健二さんは涙をこぼし感激していた。しかしその後、国保連合会は控訴した。
守田訴訟の発端は1977年1月、守田文彦医師がインフルエンザなどの患者の試験紙(ウリステックス)を用いて尿の半定量検査を行い請求したことに始まる。請求に対して国保連側は尿糖(当時15点)を減点した。これを不服として東京協会を通して再審査請求をしたところ、“腎炎等の病名がない”と尿蛋白(10点)まで追加減点した。臨床上重要な尿半定量検査を認めず、しかも減点結果に追加減点を行うことは許されないとして、守田医師は1980年1月東京地裁に提訴。1983年12月に守田側の主張を全面的に認め、国保連側に425円の支払いを命じた判決を下した。
法廷内対策は、1つは「追加減点」が法手続き上許されるかという手続き問題、2つは高度の専門性が要求される医学上の問題であった。証人に坂岸良克埼玉大教授、山本漸大阪府支払基金審査委員、東京協会の曲淵参次と筆者、守田原告の5人を立て的確な立証を行った。
国保連側はこの判決を不服として東京高裁に提訴した。控訴審最大の山場は1984年11月、国保連側証人の阿部正和慈恵医科大学長に対する証人尋問の時である。「検尿は診療のうち」と検尿の重要性を訴えていた阿部教授からは守田側の主張を覆すことができず、かえって検尿の正当性を証明することとなった。訴訟の争点の1つは、尿検査に関する減点の当否を判断するための前提である医学的問題について、裁判所はこれを真正面から取り組み、尿検査は診療上必要であったとする守田側の主張を全面的に認めたのである。
第2の争点の「追加減点」に関する手続上の問題について、判決は、第1の争点ですでに守田側の勝訴が確認できるからとその実態的判断を避けた。守田側は@尿検査料425円を含む和解金10万円を支払う、A追加減点は今後行わない─ことを公表することを内容とする訴訟上の和解により、提訴から7年経過し終了した。
この勝利は東京協会にとってはもちろん、全国の保険医協会・保険医会を含む保険医運動における輝かしい成果であり、医療の民主的改革を求める運動の歴史を飾る金字塔であった。
今進められているレセプトの電子請求化は、将来カルテの電子化へと進み、形の変わった不当な審査減点が増加するであろう。こうした中で東京協会の守田審査訴訟の経験は、1人ひとりの保険医が行政や支払い側に対して不断に戦うことが必要であることを示している。(こじま・やすし)
(全国保険医団体連合会『月刊保団連』2011年1月号「わが協会・医会を語る」より)