【視点】「信用スコアリング」は社会を損なう

公開日 2019年10月02日

「信用スコアリング」は社会を損なう

政策調査部長 須田 昭夫

 インターネットを通じて情報・モノ・サービスが行き交う陰には、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどの、IT企業がある。これらの企業は通信販売、会員制交流サイト、音楽や映像の配信、情報検索などの、「基盤」提供者(プラットフォーマー)と呼ばれている。インターネットを利用するときに申告する個人の属性と、キャッシュカードやインターネットの利用状況を把握すれば、スコアリングと呼ばれる手法により、個人の特性がわかる。

 日本はこれまで終身雇用が基本の国であり、勤務先と地位がわかれば、信用力はほぼ把握することができた。ところが近年、非正規労働者、無職者、フリーランス、個人事業主などが増加して、個人の信用力を判定しにくくなった。スコアの高い人の囲い込みにも、スコアの低い人の排除にも、スコアリングの利用価値は高いとされる。

 信用スコアリングは、個人の信用力をAIが計算する仕組みである。住所、年齢、性別、学歴、職歴、年収などの属性に加えて、ネットショッピングの履歴や支払い情報、公共料金の支払い状況、資産運用情報、インターネットの閲覧履歴、交友関係などが、基礎データとなる。

 高スコアの人たちには低金利、保証金の免除などが提供されるが、低スコアの人たちには保証金の増額や、高金利を課すなどの選別がおこなわれ、時には会員、顧客、職員などから疎外される危険もある。インターネット上で仕事を探す人たちが、スコアリング評価の低下によって差別されて、公募情報が届かなくなる可能性があり、社会の底辺に忘れ去られてしまう、仮想(バーチャル)貧困として恐れられている。

 

世界に広がるスコアリング

 インターネット大国の米国はもちろん、究極の監視社会に向かう中国では、スコアリングが急速に広まっている。

 中国のインターネット大手アリババ系の芝麻信用(ジーマ信用)の信用スコアは、350~950点で評価され、600点以上が良いと判断されるという。既に社会的に普及しており、商取引、ローン設定、結婚相談、人事採用などに利用されている。スコアは、経済活動を支える基盤を提供する反面、得点を持たない人や得点の低い人が、就職や結婚などで不利になり、社会格差拡大につながる。

 米国はクレジットカード決済が主流なので、支払履歴、借入残高、会員期間などを評価するクレジットスコアがあり、FICOスコアはその代表的な一つである。350~850点で評価され、点数が高いほど各種の優遇を受けられる。スコアの根拠はクレジットカードの情報から得られているが、個人名が付いたままの情報を2次利用すれば、一定の意図を持って社会を管理することが可能になり、監視社会につながる。

 日本でもYahoo!、NTTドコモ、LINE、クレジットカード発行会社など多数の企業が、スコアリングを行っている。スコアリングには超高速コンピューターの機械学習やAI技術が必要だが、計算方法や算出結果は公開されず、社会的に不当な差別が行われていないかどうかを監視することができない。

 

スコアリングと人権侵害

 インターネットで就職情報を提供しているリクルートキャリアは、同社の「リクナビ」の閲覧履歴などから、就職活動中の学生が内定を辞退する確率をAIで分析し、5段階に評価して38社に販売していた。個人情報保護委員会から不適切を指摘されたリクルートキャリアは、採用試験の判断に影響する可能性を認めて販売を中止した。リクナビの契約書には、「行動履歴等は、あらかじめユーザー本人の同意を得ることなく、個人を特定できる状態で第三者に提供されることはない」と明記されていたが、約束は破られた。これは明らかな人権侵害事件である。医学部入試の成績を性別と年齢で操作した、不正事件を忘れてはならない。

 ナチスドイツによる人権侵害を経験した欧州では、個人のプライバシーを擁護する意識が高く、先進的な「一般データ保護規制、GDPR」を施行した。EU圏内でのデータ収集は、データの利用目的をあらかじめ明らかにしなければならない。企業が個人の意思に反して、データを収集することは禁止されている。個人は企業に対して、自分のデータの削除を要求できる。そして個人情報を自動処理するAIのプロファイリングで、評価・差別・選別されない権利が定められた。

 ところが日本では、政府がマイナンバーカードの普及に熱心だ。行政機関が持つ納税情報、社会保険料の納付と給付の情報、医療情報などを結び付け、クレジットカード、ポイントカード、免許証、資格証明書の機能も持たせる計画だ。膨大なデータを名寄せする場合、アルファベットや漢字は読み間違いが起きやすく、同姓同名は区別できない。マイナンバーはデータ処理を促進する。

 日本図書館協会の調査によれば公立図書館の約2割は、捜査機関から利用情報の「照会」を受けたことがあり、半数以上は求めに応じていたという。太平洋戦争中の米国では、約12万人の日系人が強制収容所に隔離されたとき、FBIは国勢調査局の情報を目的外に使用した。

 米国ワシントンで2011年、新しい人事評価システムの低スコアによって解雇された教師206人に、生徒と保護者からは優秀と評価される教師たちが含まれていたことが大きな問題になった。評価の基準は不明確で、学力テストには大規模不正の疑いがあった。

 スコアリングやプロファイリングは、人間相互の信頼を裏切って、社会を損なう行為である。

 

(『東京保険医新聞』2019年9月25日号掲載)