[主張]日本学術会議の任命拒否問題を考える

公開日 2020年11月26日

 2020年10月1日から任期が始まった日本学術会議(以下、同会議)の新会員について、同会議が推薦した会員候補105人のうち6人の任命を菅義偉首相が拒否したことに批判の声が高まっている。この問題の本質について考えてみたい。

ゆらぐ「法の支配」

 東京保険医協会は、10月5日に政策調査部長名で声明「日本学術会議の推薦候補を任命するよう求めます」を発表した。

 その中で、①同会議の会員の選考権限を持つのは、日本学術会議法上、同会議だけであること(第七条二項、第十七条※1)、②内閣総理大臣による任命拒否は、法律の明文規定に反する違法行為であること、③日本学術会議法第七条二項には「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」と規定されているが、これは憲法第六条一項の「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」の「基いて」と同義であると指摘されており、内閣総理大臣には同会議会員を選考する権限はないこと―の3点を指摘した。

 法治国家である日本において、内閣総理大臣の違法行為がこのまま放置されることがあってはならず、菅首相に対し、同会議の推薦候補でありながら任命されなかった6人を、速やかに日本学術会議会員に任命するよう求めた。

 菅首相は10月9日のマスコミインタビューで、6人を除外した理由について「総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスの取れた行動をすること、国民に理解される存在であるべきことなどを念頭に判断している」「推薦された方々がそのまま任命されてきた前例を踏襲していいのか考えてきた」と説明し、首相自らの判断であることを認めた。その一方で、除外された6人を含む105人全員分の推薦者名簿は「見ていない」とし、9月28日の決裁直前に、6人が除外された後の99人分の名簿を見ただけだと説明した。菅首相の説明は矛盾しており、任命拒否の理由と法的根拠は国民に説明されていない。首相に推薦名簿が到達する前に、何者かが6人を除外したのであれば、首相の任命権と学術会議の選考権への重大な侵害であり、虚偽公文書作成罪に問われる犯罪行為である。

 日本は法治国家であり、民主主義の基礎は「法の支配」である。権力者が法に従わず、好き嫌いや選り好みで物事を決めるようになれば、「法の支配」は崩壊し、「権力者の好みによる支配=独裁」がまかり通ってしまう。菅首相の任命拒否は「法の支配」を無視しており、「総合的・俯瞰的な判断」で片付く問題ではない。学術会議のあり方を問題にするのは、信号無視をした運転者が、信号の存在を問題にするのと同じであり、論点のすり替えである。権力者によるモラルハザードは、法秩序と法治国家の崩壊につながり、看過することはできない。

「学問の自由」の尊さ

 今回の任命拒否は、政府から独立した日本学術会議への不当な圧力、介入にもあたる。日本国憲法第二十三条で保障された「学問の自由」※2を侵害しており、憲法違反にあたる。「権力者の好みによる支配=独裁」は、自由な研究・言論活動を阻害し、日本の学術研究の発展に大きなゆがみをもたらすだろう。

 1949年日本学術会議設立の祝辞で、吉田茂首相(当時)はこう述べている―「(日本学術会議は)国の機関ではありますが、その使命達成のためには、時々の政治的便宜のための制肘(脇から干渉して、自由な行動を妨げること)を受けることのないよう、高度の自主性が与えられておる」。

 政治権力の暴走がもたらした負の歴史を繰り返してはならない。

※1 日本学術会議法
第七条2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。
第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

※2 日本国憲法 〔学問の自由〕
第二十三条 学問の自由は、これを保障する。

(『東京保険医新聞』2020年11月5日号掲載)