[視点]新型コロナウイルス感染症の現状と対策 ~イギリスの経験に学ぶ~

公開日 2021年06月11日

新型コロナウイルス感染症の現状と対策~イギリスの経験に学ぶ~

                     

キングス・カレッジ・ロンドン 教授 渋谷 健司

 

20年冬の英国の失敗と日本

 感染力が従来の約1・7倍という新型コロナウイルスの変異株により大きな被害を受けたイギリスだが、5月9日には1日の新規感染者が1770人、死者が2人になるなど、現在、第4波に見舞われている日本(新規感染者6493人、死者64人)よりも新型コロナを抑え込んでいる。

 イギリスでは2020年9月から変異株が広がり始め、11月には2度目のロックダウンをせざる得ない事態に陥った。しかし、12月初めに感染者数がまだ十分に下がり切っていないにも関わらず、クリスマス商戦を控え経済対策を優先したために、ロックダウンを解除してしまった。そこから変異株が急速に広がり1月初めをピークとする感染の大幅な拡大となり、3度目のロックダウンに至った。今の日本の状況はこの時の英国と非常によく似ている。

求められるのは「ゼロ・コロナ」路線

 コロナ対策で最も大切なことは感染者数をできるだけ抑えること、すなわち、「ゼロ・コロナ」戦略であり、一定程度の市中感染を許容する「ウィズ・コロナ」路線では、結局、自粛や緊急事態宣言を繰り返す結果となってしまう。特に変異株ではこの方針が非常に重要である。

 イギリス型といわれるN501Y変異株は、重症化率・死亡率が従来型より約60%以上高いというデータが報告されている。しかし、何より恐ろしいのは感染力が強く、感染者数が急激に増えることだ。そのために医療機関がひっ迫し、十分な治療体制が確保しきれず、結局、死亡者数も重症者数も増えてしまう。

過去の失敗に学んだ「正常化のための道程」

 日本と同様に、2020年9月以降の後手に回ったコロナ対応については、英国でも強く批判されている。しかしその一方、ジョンソン政権は、2度目のロックダウンを解除した12月初旬に「正常化のための道程」を公表し、その実践に乗り出した。その内容は、ワクチン接種と検査拡大を柱とした戦略である。現在、英国が感染を抑え込んでいるのは、ロックダウンの効果と、この「正常化のための道程」が功を奏しているからだ。

1 ワクチン接種

 イギリスでは、これまでのコロナ対策の失敗から、「人の行動制限のみではコロナ対策は難しい」という認識を持ち、早期からワクチン開発と迅速な接種に重きを置いてきた。オックスフォード大学のパンデミック・チームにはMERS(中東呼吸器症候群)ワクチンの技術をコロナに使う準備を2020年1月に開始させ、アストラゼネカ社との共同開発を支援した。イギリスは、米国ファイザー社製のワクチンを世界で最初に承認し、米国より早く12月8日から接種を開始した。1月にはアストラゼネカ社製、4月に入りモデルナ社製のワクチン接種も始まっている。4月初めまでに50歳以上は全員一回目の接種を終え、既に成人の60%が一回目を終えたことになる。

 ワクチン接種においては、その確保に加えて、接種の情報システムやロジスティックスが極めて重要であり、2020年5月にはワクチン供給体制についてのタスクフォースが立ち上げられている。そこには、医療の専門家に加えて、データサイエンティストやロジの専門家が参加している。さらに、医療施設以外にも、薬局、スポーツセンター、教会、オフィスなどで打てるように規制を解除し、もともと薬剤師がワクチンを打てるうえに、法律を改正して訓練を受ければボランティアでもワクチンを打てるようにした。このスピード感と機動性は、ワクチンの確保と接種に大きな遅れを見せる日本と対照的だ。

2 検査・隔離の充実

 また、ワクチン接種とともに検査・隔離の充実が必須だ。ジョンソン政権は2020年9月に「国民全員検査」の方針を打ち出し、無症状感染者対策が鍵であり、検査拡大が社会経済を回すために必要だと強調した。その後検査数は順調に増え、現在では1日100万件以上の検査が行われている。さらに、3月8日からはイングランドでは無料で誰でも週に2回の検査ができるようになっている。

 こうした検査の拡大は、変異株の早期発見や感染の再燃、そして、ハイリスク集団のスクリーニングに重要な役割を果たしている。イギリスで変異株の発見と分析が早く進んだのは、ゲノム分析を大学や様々な研究機関が学際的に協力して行う体制ができているからだ。

 また、イギリスでも南アフリカ型やインド型の変異株が東・南ロンドンの貧困地域などに広がりつつあり、そこでは個別訪問による検査が実施されている。子どもにも感染が広がることから、学校でも定期的に検査が行われている。

 イギリスの場合、日本よりも強力なロックダウンができるが、逆に、制限を緩めるとすぐに人が密集し、マスクをしないなど、人々の行動のコントロールは難しい。「感染経路の遮断を目的とした国民の我慢」に頼る対策のみでは限界があることは明らかであった。ワクチン(免疫の獲得)と検査拡大(感染源を同定し隔離)を軸とした「正常化のための道程」、そして、ロックダウンからの出口戦略(ロードマップ)が国民に明確に示されることで、国民は安心を得ることができる。そして、感染抑制効果が明らかになるにつれて、ジョンソン首相の低迷していた支持率も大きく回復している。

自主努力のみに頼らない積極的施策に基づく展望を

 日本ではイギリス的なロックダウンはできないが、3密回避などの行動制限やマスク、手指消毒など感染経路の遮断を目的とした人々の自主的努力と症状のある感染者のクラスター対策を軸とした対応を行ってきた。しかし、結局、自粛と緊急事態宣言を繰り返す結果となり、検査拡大による「ゼロ・コロナ」戦略を取った国のような成果を上げることはできなかった。

 特に、これまでの対応の限界が、感染力の高い変異株による第4波で露呈した。緊急事態宣言を発令しても、国民の側が「今回も効果はない」と不安を募らせ、我慢しているのに報われないために、自粛疲れや不満が強まっている。何よりも、自粛と緊急事態宣言を繰り返すことで社会経済が疲弊している。

 こうした時こそ、政府は「ロードマップ」のような形で先の展望を示すことが重要であり、ワクチンや検査拡大など、国民の自主的な努力のみに頼らない積極的な政策を推進すべきである。

(『東京保険医新聞』2021年5月25日号掲載)