[主張]拝呈 会員諸家 2023年を振り返る

公開日 2024年01月09日

拝呈 会員諸家
2023年を振り返る

                副会長 岡本  正史

 夏の猛暑が終わったかと思えば、秋とは思えぬ陽気が続き、気が付けば師走。今年もまた、協会の一年を振り返り、来年に願いを馳せる時期がきた。我が思いの丈をつづりたい。

オン資義務化・保険証廃止に反対する取り組み

 協会は以前から、「オンライン資格確認等システムの原則義務化」や「保険証を廃止しマイナ保険証に一本化」することに反対してきた。政府は「日本はデジタル後進国」だと、事あるごとに喧伝している。それを聞いていると、先進国はどこでもマイナカードのような制度があるような錯覚に陥ってしまうが、実情は全く違う。先進主要7カ国(G7)の中で、同一の個人識別番号カードの中に、多くの個人情報を集約した上で、様々な分野に紐づけを行う制度を作り上げようとしているのは日本だけである。それどころか、G7の国々では、個人を識別する共通番号制度などの導入が政府により検討されると、多くの議論が沸き起こり、個人情報の漏洩や政府による管理、監視社会化など、プライバシーや人権侵害の可能性を懸念する声が強まり、その保護のため汎用的な番号ではなく、情報を分散させ、常時携帯しなくて済むような制度に変えている。

 日本でも懸念を表明する意見は多い。情報システム学会は、「マイナの制度設計に根本的な問題がある」とした提言をまとめ警鐘を鳴らしている。そもそもマイナカードの取得は任意であり、カードを持ちたくないという権利を法律は保障していた。にもかかわらず、政府は保険証を廃止することで、強制的にカードを持たせようと図ったのである。制度設計を危険視する多くの声や個人の権利を無視して、性急かつ強引に推し進めようとしているのが日本の現状である。とても憂うべきことである。

 この様な理不尽な流れを阻止するため、また、多くの人に真実を知って議論していただくために、協会は様々な取り組みを行ってきた。その中で特筆すべきは「オンライン資格確認義務不存在確認等請求訴訟」を提訴したことだ。原告団数は総勢1415人に上る。現在進行形であり、来年に良い報告ができるよう願っている。ぜひとも注視と応援をお願いしたい。

 ここで誤解なきように触れておきたいのは、協会はデジタル化に反対しているのではないということだ。私たちが望んでいるのは安心・安全の制度で、医療者にも国民にも使いやすく、個人情報や人権に配慮した制度を構築してほしいということだ。そのためには、多くのものに紐づける必要はなく、時間をかけて丁寧に制度の一つひとつを検証し、慎重に作り上げていくべきだと考える。政府が押し付けるのではなく、利用者である我々の方から「使いたい」と思わせる制度を作り上げてほしいと願っている。

診療報酬プラス改定と患者負担の軽減を

 今年に入り変わったことの一つに経済の流れがある。これまでのデフレからインフレへと変動し始めたことだ。円安も加わり物価、光熱費などが高騰した。おそらくこの傾向は今後も続くだろう。

 我々の生活を支える原資となる診療報酬は公定価格である。それ故に高騰分を補うための価格転嫁はできない。コロナ禍より後、患者減など厳しい経営環境が続く中で、インフレにより医業経営が更に圧迫されれば、設備の補修、入れ替えなど将来に向けた内部留保はもちろんのこと職員の賃上げすら困難になる。とすれば、診療報酬の引き上げを求めることは当然の権利である。協会では、物価高騰支援策の要請や来年の診療報酬改定に合わせ、10%以上の基本診療料の引き上げ、それに伴う患者負担の軽減対策などを要望し、議員要請など粘り強い運動を展開してきた。

 そんな中、財政制度等審議会が「診療所は経営が良好であり医師の技術料にあたる本体部分をマイナス改定すべき」とする建議を提出し、診療報酬を下げることで「保険料負担が軽減し、現役世代の手取り所得が確保される」と主張した。これらの議論に使われたデータは極めて恣意的で、その解釈、主張も医療現場の実情を無視し、欺瞞に満ちている。開業医に照準を絞り、国民と医療者の対立を煽るように、巧妙に世論誘導をしていると感ずるのは私だけであろうか。

 患者負担も止まらない。政府は後発品のある先発品利用に自己負担を導入しようとするなど、更なる負担を用意しようとしている。経済的負担の増加は受診をためらわせ、必要な医療へのアクセスを低下させる。社会保障は経済の足かせと考える、新自由主義者たちのほくそ笑む顔が浮かぶ。

 日弁連の第65回人権擁護大会シンポジウムの分科会「人権としての『医療へのアクセス』の保障」の基調報告の冒頭で委員長、村上晃氏はこう述べている。「本シンポジウムは(一部略)これからの国の在り方を問うものである。新自由主義的改革においては自己責任が強調される。命も健康も暮らしも、自己責任で良いという国を目指すのか、あるいは、国の責任によって守られる国を目指すのか、本シンポジウムを通して考える機会としたい」 医療について考える時、我々自身の生活についても考えなければならない。医療の質と安全、それに係るコストとの関係は二律背反である。報酬が下がればサービスも低下する。これまで政府は、医療人の善意を利用して過剰な労働や自己犠牲を強いることで質の低下を補ってきた。もう、そのような政策を許容するのを止めよう。我々には仕事に見合った報酬と休養を要求する権利があることを思い起こそう。我々自身の生活は我々が意思表示し行動を起こさなければ守られることはない。誰かが守ってくれると思っているとしたら、それは愚かなことだ。今、声を上げなければ事態は最悪に向かうだろう。医療を守るために、また、自身の生活を守るために、何をすべきか考えてほしい。

 来年こそは、人々が分断されることなく結束し、新自由主義に負けることなく、医療を受ける人としての権利、そして医療提供者としての我々自身の権利を獲得できる年となるよう強く切望し、我が思いの丈としたい。

敬白

(『東京保険医新聞』2023年12月25日号掲載)