医師法第21条「異状死体等の届出義務」の正しい理解に関するアンケート(勤務医委員会)

公開日 2017年04月13日

いつき会ハートクリニック
佐藤 一樹(協会理事・葛飾区)
 

背景と目的

図1_医療関連警察届出数と立件送致数

 医師法第21条[異状死体等の届出義務]医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。
 前世紀末から、このわずか60字からなる条文の誤解、すなわち「医療過誤は警察届出」とする誤った考えが蔓延し、医師からの警察届出数(図1)は2002年(118例)から急増して、2004年(199例)をピークに3桁が続いた。医療現場は混乱した。
 しかし、2012年(87例)からは2桁となり、2015年は47例、2016年は45例と、1997年(12例)のレベルまでは回復しないまでも大きく減じてきた。
 医師からの警察届出数減少の背景要因としては、
①leading caseとして嚆矢(こうし)となった最高裁都立広尾病院事件判決(平成16年4月13日判決 刑集58巻4号247頁)の「外表異状説」(条文の「検案して異状を認めたとき」とは「誤薬や急変、原因不明といった事実から異状性を認めたとき(死亡したとき)」とした東京地裁判決を破棄し「病理解剖時に裸にして死体をじっくりと見て『外表面の異状を認めたとき』」であると自判した原審の東京高裁判決を支持した最高裁判決の裁判要旨)の普及(図2参照)。
②「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」から「誤解」の根源となった日本法医学会「異状死ガイドライン」が排除された2015年度の大改訂。
③2015年10月の医療事故調査制度開始を契機に各医療管理者の各法律の再確認などが涵養されてきたこと
 があげられる。

図2_時系列

 ところが、日本医師会(日医)は2016年2月、臨時答申「医師法第21条の規定の見直しについて」を発表した。答申の改正案は、「医師は、死体または妊娠四月以上の死産時を検案して犯罪と関係のある異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。(下線は筆者)」に変更し、同33条の2(罰則)から21条違反を削除するものである。
 この案は、警察届出減少という時代の流れを読めず頑迷固陋(がんめいころう)の感がある。もちろん現行では「外表異状のない過誤・過失」の警察届出義務はない。しかし、現行の運用では診療上の過失による患者の死亡も業務上過失致死傷罪という犯罪とされているのであるから、日医案は「業務上過失致死傷罪(犯罪)と関係ある事案」での異状は警察届出となる拡大案である。死体解剖保存法第11条〔犯罪に関係する異状の届出〕を模したつもりであろうが、第三者の解剖医ではなく、診療した医師自らの犯罪事実を警察届出することは憲法38条(何人も、自己に不利益な供述を強要されない)を捨象していることであるから、内閣法制局が取り合わないレベルと思われる。日医ですら医師法21条を理解していないと推知される。
 そこで、本委員会では全国主要病院の病院長の①外表異状説の支持、②日医改正案の賛否、をアンケート調査することにより、医師法21条に関する理解の現状を確認し、分析結果を公表することにより、正しい医師法21条の解釈をさらに現場の医師に理解していただく助けとすることを試みた(同時に行った「医療法で定義された『医療事故の報告』の正しい理解」に関するアンケート調査については稿を改めることにする)。

Ⅰ.対象と方法

 調査期間は2016年9月2日付で関係書類を郵送し同月16日まで。対象は全国全ての大学病院(102施設)、国立病院機構(149施設)、各都道府県の公的基幹病院(197施設)およびそれ以外の東京都の病院全て(553施設)の計1001人の病院長とした。
 アンケート用紙に同封した参考資料は以下の通りであった。

  • 【資料1】平成26年6月10日 参議院厚生労働委員会 議事録 田村憲久前厚労大臣国会答弁
  • 【資料2】医療法人協会「医療事故調運用ガイドライン」巻頭資料①コラム:医師法21条について
  • 【資料3】東京保険医新聞 視点「医師法21条再論考」「異状死の定義はいらない」
  • 【資料4】都立広尾病院事件最高裁判決原審 破棄自判解説 スライド
  • 【資料5】警察届出数グラフx(1997~2015)

 Ⅱ.調査内容及び結果と解説

 調査期間に回答した院長は、大学病院33人(32.4%)、国立病院機構44人(29.5%)、各都道府県の公的基幹病院56人(28.4%)およびそれ以外の東京都の病院全て97人(17.5%)、総数230人(23.0%)であった。
 また、日本医師会会員であることが判明している院長は169人(A会員103、B会員66)であった。

問1.現在のあなたの医師法21条[異状死体等の届出義務]に関する認識は?
項目 件数 割合(%)
総数 大学 国立機構 地方基幹 都民間 総数 大学 国立機構 地方基幹 都民間
a 「都立広尾病院事件」最高裁判決や田村憲久前厚生労働大臣らの発言と同じ。(注) 194 29 37 51 77 84.3 87.9 86.0 92.7 77.8
b 医療過誤によって死亡が発生した場合又はその疑いがある場合には、医師が、24時間以内に所轄警察署に届出を行う。 14 1 2 2 9 6.1 3.0 4.7 3.6 9.1
c 医療過誤によって死亡が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長が、24時間以内に所轄警察署に届出を行う。 18 1 4 2 11 7.8 3.0 9.3 3.6 11.1
d 死亡だけでなく、医療過誤によって傷害が発生した場合又はその疑いがある場合にも、施設長が、速やかに所轄警察署に届出を行う。 4 1 1 0 2 1.7 3.0 2.3 0.0 2.0
e その他 8 1 0 2 5 3.5 3.0 0.0 3.6 5.1
(注)「医師は死体を検案(外表検査)した結果、異状がないと認めた場合には、届出の義務はない。医師が検案(外表検査)し、異状を認めた場合は、所轄警察署に届出を行う義務がある」
図3_医師法21条「外表異状説」支持
図4_【主要病院】医師法21条「外表異状説」支持
図5_【日医会員】医師法21条「外表異状説」支持

  全病院長の84.3%(194人)が選択肢a、すなわち「外表異状説」を支持していた(図3「医師法21条「外表異状説」支持」)。
 また、大学病院、国立病院機構、各都道府県の公的基幹病院に限れば89.3%(図4「主要病院 医師法21条「外表異状説支持」)となり全国の主要病院の約9割が「外表異状説」を支持していた。
 一方、東京の民間病院では77.8%と低い水準になっている。これは、2000年に厚労省が旧国立病院に向けて作成した「リスクマネジメントスタンダードマニュアル(RMSM)作成指針」の文言を抜粋した選択肢c.が11.1%と多く、またその原文の「施設長」を医師法21条の「医師」と混同した選択肢b.が9.1%と多くなったためと思われる。しかし、「作成指針」については、日本産婦人科協会から厚労省への質問に対し、「国立病院の独立行政法人化にともない失効している」と担当官が表明している。この情報は、民間病院では認識されていない可能性が強く、当協会としては強調して伝えたいところである。
 なお、日本医師会会員の中で「外表異状説」(選択肢a.)は146人(86.4%)によって支持された(図5「日医会員 医師法21条「外表異状説」支持)。
 全体的に、アンケート前の予測よりも「外表異状説」の支持率は高かった。「e その他」には、「今回、同封された資料を読んではじめて医師法21条が理解できた」旨の記述がいくつか見られたことを勘案すれば、正しい知識・情報を把握してさえいれば、「外表異状説」の正当性が理解されると推測された。

問1.表【問1-a】 問1でa.と答えた方にお聞きします。a.の根拠は?(複数回答可)
項目 件数 割合(%)
総数 大学 国立機構 地方基幹 都民間 総数 大学 国立機構 地方基幹 都民間
a 医師法第21条の条文そのもの 137 19 29 37 52 65.5 78.4 78.4 72.5 67.5
b 都立広尾病院最高裁判決や原審東京高裁判決 104 17 18 29 40 58.6 48.6 48.6 56.9 51.9
c 死亡診断書(検案書)記入マニュアル(2015年度以後) 31 5 4 10 12 17.2 10.8 10.8 19.6 15.6
d 田村前厚労大臣国会答弁や田原元医政局総務課長検討部会発言など厚労省側の見解 86 18 17 26 25 62.1 45.9 45.9 51.0 32.5
e 田邉昇弁護士・医師や佐藤一樹医師や井上清成弁護士らの文献・書籍や講演 25 3 5 10 7 10.3 13.5 13.5 19.6 9.1
f 医療法人協会「医療事故調運用ガイドライン」等の医療事故調関連書籍 10 3 1 4 2 10.3 2.7 2.7 7.8 2.6
g その他-その根拠をご記入ください。 3 1 0 1 1 3.4 0.0 0.0 2.0 1.3

 

 医師法21条の外表異状説支持者の70.6%(137人)は、その根拠を「a.条文」と回答している。一方で、条文の「検案」が「外表を検査すること」を明確にしている「b.最高裁判決」やこれを国会や検討部会で明らかにした「d.大臣答弁と医政局担当課長発言」を同時に根拠としている回答が51人と多くみられ、最も確実で固い根拠といえる。またa.b.cを個人や団体レベルでアナウンスしてきた活動も一定の割合で評価されている(e,f)結果となった。
 たとえ病院長であろうと裁判の判決文そのものを自ら取り寄せ実際に手にとって目を通す医師は少ないと推測される。しかし、医師法21条は罰則がある刑罰法規であり、法の内容を知るときに条文を読んだだけでは到底十分ではない。刑罰法規の意味内容を具体的に示し、判例を合わせて学ぶことが必要不可欠である。その判例の理解のための情報提供は、本来であれば担当官庁や医師団体が積極的にとりくむべきであったはずである。
 医師法21条については、混乱が始まった1999年頃から10年以上経過したのちに、最高裁刑集登載判決の内容がようやく厚労大臣答弁(2014年6月)や医政局課長発言(2012年10月)から伝達され、理解が深まってきたと推測される。
 
 条文や最高裁刑集登載判決の存在にもかかわらず、「a.報道」「f.自院のマニュアル」を根拠とした回答が多い。
 「a.報道」を条文そのものや刑集登載判例よりも重要視すること自体が危険であり、回答は脆弱施設からであろう。また、国立病院機構では機構側が提供する旧国立病院用の「c.RMSM作成指針」を基にしたマニュアルをそのまま採用しているため、f≒cが実態である。cが失効したことはすでに述べた。
 また、eにおいては平成7年度版からbを参考にすることを厚労省が指導していたところ、20年ぶりに平成27年度からの死亡診断書(検案書)記入マニュアルはb.参照が削除されている。b.c.d.e.f.と回答した施設は、情報収集や更新を怠っているといえよう。

図6_日医改正案賛成
図7_日医会員改正案賛成

 c.日本医師会改正案に賛成しているのは、20.4%にとどまっている。一方、医師法21条の改正の必要はない(a.b)という意見は合わせて58.2%となっている(図6「日医改正案賛成」)。
 なお、日医会員ではc.日医案賛成が20.1%(34人)、ことにA会員では15.5%(16人)と極端に少なくなっている(図7「日医会員改正案賛成」)。なお、筆者は、日本医師会において開催され医師法21条についての検討会(医事法関係検討委員会)に傍聴を申し込んだが、拒否された。会議は密室で行われ、現場の第一線で勤務する医師や医師法21条について問題意識をもつ会員の意思を考慮しない独断的な手法によって作成された可能性が高い。
 削除しなくてよい51.7%、削除すべき33.9%となっており、やはり日医案に反対が多い。

Ⅲ.まとめ

1.医師法21条の条文における「検案して異状を認めたとき」とは「死体の外表を検査して異状を認めたとき」と定義され「医療過誤による経過の異常を認めたとき」を否定した原審および最高裁判決の「外表異状説」は、全国病院で認知され、特に大学病院、国立病院機構、各地方の基幹病院の院長の約9割が支持している。その背景には、判決に関する厚生労働大臣答弁や厚労省医政局課長の発言の存在が大きいと推測された。
  これに比較すると、東京都の民間病院では77.8%とやや支持率が低く、未だに「外表異状説」の情報が正確に伝わっていない可能性が高い。本協会では、引き続き「外表異状説」の理解を広める活動を継続する必要を実感した。

2.日本医師会は、医師法21条の改正を提案しているが、賛成する病院長は2割程度であり、特に日医A会員では15.5%のみが賛成しているだけである。改正案は、その作成段階の手法からもアンケート結果からも会員の総意を反映しているものとは言えない。
  さらに、憲法38条と真っ向から対立する内容であって、撤回もしくは再検討が必要であると思慮する。

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(『診療研究』526(2017年4月号)掲載)