混合診療容認の動きと皆保険制度

公開日 2000年10月15日

ようやくアスピリンが狭心症や脳梗塞の保険適応薬として承認された。しかし、胃がんとの強い関連が認められているヘリコバクターピロリ菌の検査や治療が今だ保険適応になっていない(菌の発見からすでに15年が経過し、米国では1997年2月承認済み。わが国でもようやく承認の見通し)。同じように脊椎管狭窄症による神経根障害にはプロスタグランディンE1製剤が有効なことは整形外科学会で認められており、その投与は一般化しているが、ほぼ10年近く保険適応は認められていない。

胃十二指腸潰瘍、逆流性食道炎の治療薬であるプロトンポンプインヒビターには投薬期間の制限があり、ヘルペス治療薬のアシクロビル(ゾビラックス)には投与期間の制限と外来治療での注射剤の使用は認められていない。またMRSA治療予防薬のバクトロバン軟膏の使用制限など、挙げていけばきりがない。

このように実際に臨床場面で有用と認められている薬剤が、医学的理由ではなく経済的理由から、その保険適応が見送られたり制限されたりしている。

この他にも、低い包括点数では賄えない医療材料費(手術材料、処置材料)の問題など、医療現場では狗肉の策として、保険外負担の徴収、違法である混合診療で対応せざるを得ないという悲鳴が聞こえてくる。

患者を目の前にして、医の倫理に背き制限医療を行うのか、保険未適応の薬剤を使用しても医学的に納得いく治療を行うか、その費用負担をどうするか、違法である混合診療を行うか、その費用を医療機関で抱えこむか、現場の医師はハムレットさながらの難問を抱えている。

このような状況では、現場の医師が一気に混合診療解禁・容認という解決策に飛びつきたくなる気持ちは十分に理解できる。

しかし、歴史的に見れば、私たちが国民皆保険制度の下で、アメリカなどと比較すればはるかに低い医療費で、国民の医療への自由なアクセスを保障し、患者の所得格差による差別医療を持ちこませない努力、つまり平等な医療を積み重ねてきた経緯がある。ここまで遅々として進まない医療技術や薬剤の保険承認をあきらめて、納得いく医療を進めるために混合診療を合法化すれば、基本的医療部分(=ナショナルミニマム)さえも財源不足を理由にさらに縮小され、自費払いもしくは私的保険による支払いが増えることは、目に見えている。

公的保険の給付率が低いため、国民の多数が非営利私的保険を追加購入しているフランスでは、医療費は対GDP比10%と高騰している。私的保険中心の米国では、医療費は世界一高額である。混合診療、さらに医療の自由化は、医療費の高騰化、所得階層による医療の差別化を招くことは明白である。

私たち医療従事者は、国民とともに新しい医療技術や薬剤の保険承認を求め、不合理な診療報酬制度を改善しなければならない。この運動を推進することこそが、医の倫理に基づいた医療を保障するために、今、求められている。

東京保険医新聞2000年10月15日号より