保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

相次ぐ公害訴訟勝利に思う

公開日 2001年02月05日

大気汚染は工場排煙などの固定発生源と、クルマ排ガスなどの移動発生源により引き起こされる。

高度成長時代は4日市公害のような排煙を主とした裁判があり、それぞれ住民側が勝利したが、その後クルマ社会の到来と共に、排煙排ガスを含めた大気汚染が問題となり、現在では排ガスが主力となっている。

68年大阪西淀で、82年川崎で、さらに88年尼崎で、89年名古屋でと引き続き大気汚染による気管支喘息など健康被害者から裁判がおこされ、工場排煙については、西淀では95年に大気汚染との関係を認めた。またクルマ排ガスでは、道路環境の改善や、ディーゼル車から排出される浮遊粒子状物質(SPM)の状況把握に着手することで和解し、また98年に判決のあった川崎では、さらに1歩すすめて大気汚染が排煙のみでなく、環境基準を上回る2酸化窒素、SPMによること、排ガスが健康被害と「因果関係」にあることを認めた画期的な判決が下り、その後勝利和解が成立した。さらに1999年1月の尼崎判決ではSPMが一定の濃度以上になるような自動車の走行はしてはいけないという、「差し止め」がだされ国側に大きなショックを与えた。同年12月にも名古屋南部大気汚染裁判で同様の判決があり、排ガスことにSPMと気管支喘息に因果関係があること、国側に責任があること、健康を守るためには差し止めも必要なこと、という判決の流れは、ようやく定着しつつある。

長年にわたる被害者とそれを支えて運動して来た人たちの地道な努力が、ようやく実をむすびかけている。

東京の大気汚染も深刻で、尼崎で差し止めを指摘されたような地区は東京で11箇所もある。東京大気汚染裁判は96年5月原告102名で開始され、現在518名に増加している。特徴点はクルマにターゲットをしぼったこと、はじめて自動車メーカーを被告としたことである。

都政ではすでに石原都知事が「ディーゼル車NO作戦」をうちだし、低公害車の普及、排ガス浄化装置(DPF)の装着、不良軽油の取り締まりなどを指示し、一方、交通需要管理(TDM)を構想してロードプライシングなども検討されている。これらは評価できる内容であるが、一方でクルマの流れを良くするとして3環9放射といわれる大型道路建設を計画しているが、これは問題である。

さらに、被害者補償についていえば、従来都では、88年にもう公害は終ったとして、廃止された公健法に変って18歳未満の気管支喘息患者の医療費助成制度が行なわれてきたが、これも福祉見直しの1環となっている。これには反対である。裁判の勝利をもとに、これらに対応して行きたい。

裁判は今秋に結審し、来春に判決である。東京が変れば全国が変る。大気汚染公害裁判連絡会ではいま勝利を目指して「199万人署名」を行っている。

東京に青空を取り戻し都民の健康を守るためにも署名を成功させよう。

東京保険医新聞2001年2月5日号より