公開日 2001年05月05日
子どもの日の新聞は、15歳未満児の総人口に占める比率が14.4%と戦後最低と報じた。
子どもが減り続け、総医師数は少しだが増えているのに、小児の救急医療がなぜこんなにも深刻化しているのか?理由は、供給側と需要側の変化とそのアンバランスである。
小児科を標榜する一般病院が1990年、同診療所が1981年をピークに減り続けている。子どもの数が減っただけでなく、「現在の診療報酬体系が投薬・検査に重きをおいているので、手間ばかりかかるのに投薬・検査の少ない小児科は、採算が取れない」ことにある。小児科医の増加率は、他科の医師増加率よりも低く、小児科医志望の敬遠も見逃せない。
一方で、親の意識やニーズも変わってきた。日本の乳児死亡率は世界一低く、乳幼児がほとんど死亡しない国になっている。それ故かどんな高度医療をもってしても救えない急性脳症などの病気があることは、親には意識されない。そんな時に救急車を受け入れる病院が見つからず、救命し得なかったなどの新聞記事やテレビニュースが出ると、親の不安は増強する。少子化では、親からすれば子どもが病気の質の如何を問わず、小児科はいつでも受診できねばならい。こうなると24時間コンビニのごとく、医療が求められる。
慈恵医大青戸病院報告書で、夜間救急を訪れる小児患者のうち約40%が「明日来院しても良い」「来院の必要なし」と判断され、「入院を必要とする患者」は3%に満たないというのも、肯ける。でも、親ばかり責められない。社会保障の不備な国、日本だからのことであり、北欧の患者はもっと医療におおらかであった。日本では、障害が残ったら誰が責任を取ってくれるのかという親の思いであろう。いずれにしても核家族、そして子育ての経験が乏しく、育児に伝承はなく、共働きが増加して、病院や専門小児科医志向になり、夜間の受診数が増えるのはやむを得ない。そこで重症も軽症も一緒くたになり、夜間に増えるという問題をできる限り整理して対応しなければならない。つまり初期治療の層を厚くし、救急車を絶対断らない二次救急施設を確保することである。
そこで準夜帯(少なくとも午後10時まで)の初期治療は、医師会(開業医)と自治体(国も含め)が協力し、大学からのパート医の応援も得られるように財政的にもきちんと手当てして夜間診療所で徹底して行い、二次救急施設の負担を軽減する。また患者の動向からみても、自己負担で医療費がかかる親は、医者にかからずに済むものなら済ませたいと迷いながら様子見をして夜になってしまい、やはり心配だから受診するというケースも少なくない。そのためには乳幼児医療費助成制度を国は早急に実現すべきである。
次に、準夜帯の初期治療を夜間診療所(医師会単位)で徹底して行うので、二次・三次救急医療機関は、空きベッドの有無に関係なく、必ず受け入れて処置だけでもしなければならないと義務づける。これを一医療圏に少なくとも一施設を用意して救急車は必ずここに運ぶ。これには予算をつけても制度が動かないような小額でなく、その運営を国、都で負担する。もし軽症患者が運び込まれた時には、重症の患者の処置が終わるまで待ってもらう、と都・区・市民に情報を徹底する。24時間の診療所をこの二次救急医療機関に併設する。24時間診療所は、処置が必要な場合は、二次救急医療施設に患者を送り、逆もしかりと相互に活用する。また日頃から、親に対して、小児科医が「どんな時に救急医療を必要とするか」を情報提供(患者教育)すべきであろう。小児救急の課題は、親、小児科医が、日頃の診療を通じて信頼関係をつくることをも求めている。
東京保険医新聞2001年5月5日・15日号より