2001年を振り返って

公開日 2001年12月25日

今年は大きな出来事として、ひとつは、自民党総裁選挙で小泉氏が自民党を変えるということをスローガンに掲げて総裁に選ばれ、その後の参院選挙で国民の圧倒的な支持を得たこと。そしてその後、小泉構造改革の一環で医療改革の具体案が示された事である。またふたつめは、9月に、ニューヨークでテロ事件が起こり、その後報復戦争が行われつつあることが上げられよう。

医療改革については、老人医療の70歳から75歳への引き上げと定額負損を廃止しての1割負担、保険本人の3割負担や保険料の引き上げ(開始時期は未定)、さらに入院医療で6カ月を超えた場合に人院費用の特定療養費化を図るとし、また、診療報酬の引き下げも計画されている。主として患者負担の増大と医療機関の減収をもって医療改革とする、橋本内閣の小泉厚相時代からの構想が出てきているわけである。

小泉首相は三方一両損ということを言っているが、本来、高齢者増で医療費は当然増大するもので、三方のひとつに国が入り、国で補助をしていかなければならない部分を逆に引き下げ、患者と医療機関に犠牲を強いるというのは、ひいては受診抑制から疾病の悪化をもたらし、結果として医療費増をもたらすことが当然予想されるものである。混合診療や民間企業による病院経営も容認されようとしている。

本来、医療改革は、保険制度の一元化とか、薬剤費の無駄をなくすとか、重複受診を減らすといった努力をすべきなのに、矛先が間違っていると言わざるを得ない。

先進諸外国ではそもそも公共事業費に比べ社会保障費は断然多いし、日本の医療費(対GDP比)はOECD諸国の内、18位とか20位といわれている。日本の病院のベッド当たり医師数、看護婦数は諸外国に比べ3分の1以下で診療を行っているが、こういう実状がなかなか政治家、ジャーナリストに分かってもらえていない。小泉流の溝造改革を進めるために「この際、国民すべてに痛みを分かち合って貰いたい」という言葉に多数の国民が乗せられている現状を考えるとき、われわれ医師一人ひとりが真剣に政治家、ジャーナリストのみではなく、国民すべてに理解を得るよう働きかけをしていく必要があるだろう。

協会としても会員医師の過半数をこえる署名を得たり、社保協と共同した患者署名の運動に取り組み、その結果を持って衆参両議院、厚労省等に交渉を行ってきた。

東京協会として東京都との種々の交渉も精力的に行った。石原知事になってから、保健医療福祉への予算削減が顕著で、さらに都立病院の整理統合藁で小児医療などが危機に立たされており、担当部局との話し合いが行われた。マル福や老人福祉手当の廃止とか特養の補助金カットなど、それらの復活存続に向けて交渉中である。

世界的な出来事として、9月のニューヨークでのテロとそれにつづく報復戦争、また、イスラエルとパレスチナにおけるテロとそれの報復戦争は、犠牲になる民衆の苦しみを思うとき心の痛む思いである。

今も世界の人々の半数は飢えに苦しみ、八割の人々が雨と寒さを凌ぐだけの粗末な家に住み、七割の人々が字が読めないという極端な先進国と途上国との格差を、いかに無くしていくかが2002年に向けての大きな課題ではないだろうか。

東京保険医新聞2001年12月25日号より