保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

病んだ国政にメスを

公開日 2002年07月05日

防衛、有事、憲法第9条をめぐる議論については様々な立場があろう。しかし、「防衛庁リスト問題」とその後の見苦しい対応や、福田官房長官の「非核3原則見直し発言」等々をみる限り、国の信頼度は地に落ちたという他ない。

思想信条の別はさておくとしても、こうした状況にあっては有事関連3法案や個人情報保護法案などを論議する前提が既に崩れているといわざるを得ない。民主主義のルールを公然と無視する行政の横暴な体質が浮き彫りにされた。「お手盛り行政」と並び、「行政裁量権の逸脱」さらに公然たる「違法行為」は行政内部の著しいモラルハザードである。

さらに、「政官業癒着」に類する構図は、おそらく世界に普遍的な問題であり永遠の課題でもあろう。改めて指摘するには及ばない。ただ、わが国情勢の困難な点は、利権と癒着の構造が慣例的事実となり、自浄作用を完全に失っていることである。

利権の力関係に従って国は右往左往し目標を失っている。立法、行政の2権の分立はおろか、最近では司法の独立性までが危ぶまれている。政財界全体にもモラルハザードが蔓延しており、「おとぼけ発言」や「開き直り」が公然と行われている。

「善良な」国民は指導者の出現を待ち望んでいるが、堅固な利権構造を前にして如何なる指導者も無力に等しいであろう。バッシングは結果として対立や決別を助長するだけであり決して生産的ではない。また、加藤紘一氏や鈴木宗男氏らの切り捨て、すなわち「トカゲの尻尾切り」は、かえって残りの諸悪を温存するという結果をもたらすだけである。いずれも事態の解決になんら寄与しない。

「総論賛成、各論反対」「本音と建前論」「保身の構え」から脱却しない限り真の改革は望めないであろう。まずは組織内部の透明性を確保し、抵抗を乗り越えて意識改革を断行する必要がある。

同様のジレンマは、国政に限ったことではなく、地方行政、会社や病院等の事業体、個人の私生活等々の各場面に存在し、われわれは常に判断を迫られている。

6月14日、衆院厚生労働委員会では「健保法等の一部改正案」が強行採決された。サッカー(日本対チュニジア戦)の陰に隠れマスコミにも殆んど取り上げられなかった。財政的視点から医療費削減が謳われるばかりであり、「医療制度改革」の本質が論議されていない。強行採決の直後に坂口厚労大臣は「健保や年金の問題は政治的に決着をつけるものではない」などと発言した。皮肉なことである。

少子高齢化と経済低成長の状況下、財源問題はますます深刻になりつつある。一方、先進諸国と比べて日本の社会保障費の割合は決して十分とはいえない。次の世代に残すべき真の社会保障の制度設計が早急な課題である。

政界、官界を含め、国民一人ひとりの冷静な判断と責任ある行動に期待するものである。

東京保険医新聞2002年7月5日号より