保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

患者の大病院外来指向を検討する 外来診療は身近な医療機関で

公開日 2002年10月15日

-寄らば大樹の陰-大病院の外来は相変わらず混んでいる。風邪を引いた患者が3時間待ちなどということもあって、かえって具合が悪くなるのではと心配になってしまう。どうして患者はそんなに大病院指向なのだろうか。

日本I・B・M(株)営業部門職員の斎藤実氏が1998年に札幌市内の大学付属病院等で出口調査を行い144人の回答を考察した結果を紹介したい。そのなかで大病院外来を選んで受診した理由は、緊急的対応が必要だったこと、高度な検査や手術への対応が可能、複数の各科に亘る病気があっても1カ所で治療が可能であることなどがあげられている。必要な医療を受けるためにはどうしたらよいのかわからず、闇雲に大病院に行けは何とかなると駆け込んでいるような印象を受ける。

ただ、その気持ちは理解できなくもない。われわれは不調をきたすとつい、重症な疾患が頭をよぎってしまう。体調不良に陥った時、体の隅々まで調べてもらおうと考えるのは、極めて正常な反応でもあろう。ただ、問題は大病院の中身である。確かに揃えてある検査器機は開業医の比ではない。しかし、担当の主治医が卒後2~3年であることも稀ではない。そうなると、何年も経験の有る開業医の方が実は遥かに名医であった、ということになりかねない。大病院指向は患者の幻想という面も有るように思えてくる。

一方、厚生労働省は患者の大病院に外来患者が集中するのは好ましくないとし、診療報酬で患者を誘導、医療機関の機能分化までしたいと目論でいる。つまり、ある診療行為の診療報酬を低く抑え、医療機関がその点数を算定すべき患者を断るようしむけているのである。

たとえば2000年4月の点数改定で新設された、200床以上病院の外来診療料、1988年の点数改定以降病診格差がつけられている特定疾患療養指導料は、外来患者を200床以上の病院から締め出そうという目論見の現れである。しかも紹介状なしの初診患者や、他の医療機関を紹介したにも拘わらず通院し続けている再診患者は200床以上の病院では特定療養費の扱いとされ、それらの患者から特別料金まで徴収してよいとされている。

しかし、診療報酬が低いということは保険者からの支出が少なくてすみ、かつ患者の一部負担金が安くなるということである。慢性疾患のある患者がその月の最初の受診時に、指導と処方せん交付、簡単な尿・血液検査を受けた場合、診療所では644点になるが、200床以上の病院では、特定疾患療養指導料、外来診療料に包括される簡単な尿・血液検査が別には算定できず288点となる。これはど実際に要した費用を無視した取り扱いも珍しい。診療に要する人件費や材料費等をどうやって賄うのか病院は因惑するばかりである。

しかし、保険者や患者にしてみれば、費用が半分ですむ、安いというのであれは「そこで受診を」と思う。しかも特定機能病院は厚生労働省自ら特別に「高く」位置付けした、いわば一種のブランド病院である。「来るな」というほうが自己矛盾であろう。

更に医師法では「正当な理由なしに患者の診療拒否をしてはならない」とされており、診療報酬で患者を誘導することは法的にも無理があり、不当に低い診療報酬は病院が困るだけである。なお、一部負担金の引き上げは確かに患者誘導に影響を及ぼすが、これは正に金銭にものをいわせて目的を達成しようという姑息な手段である。

しかし、大病院で風邪薬を処方してもらうために3時間待ちは確かにおかしい。患者の症状に見合った医療提供体制の医療機関で診療を受けるのが望ましい。だとすれば、点数や一部負担金で誘導するのではなく、きちんとした伝達・教育システムを確立することに依って機能分化を図るべきである。

また、患者の大病院指向の理由にも目を向け、これに対する対応も忘れてはならない。診療所や中小規模医療機関は緊急時に設備の整った病院で必要な検査や手術ができるように連携を図り、患者の不安を払拭することが重要である。更に、どこに受診したらよいのかわかるような各医療機関の情報提供システムの構築も求められている。

外来の話ではないが、慢性疾患の老人が大病院に入院した途端、痴呆の症状があらわれたなどの話はよく耳にするところであり、決して大病院が万能ではない。医療機関相互の連携を密にし、各医療機関のきめ細かな持ち味を生かした診療を患者に提供したいものである。

東京保険医新聞2002年10月15日号より