ひらがな書きに改められた健康保険法の問題点 日本国憲法に根ざした新・健康保険法の制定を

公開日 2003年03月25日

わが国の医療保険制度の基本的法律である健康保険法は、大正11年高橋是構内閣時に「過激社会運動取締法」と抱き合わせで上程され、制定された。つまりアメとムチの政策である。この国家本位・官僚主義的な法律は新憲法下も生き続け、昨年8月までは、カタカナ文語表記の古めかしいスタイルであった。昨年本人3割に負担増を強行した健保法の一部改定時に、さらりとひらがな口語体表記に全面改定をした。その狙いは、前近代的本質のカムフラージュではないだろうか。

軍国主義からファシズムに向かう時代に生み出された健保法は、被保険者(国民)の人権や保険医の立場への配慮が欠落している。その制度の運営は、徹底して宮主導の体制がとられ、「政令」「命令」などの行政立法による網の目を張りめぐらされた。「必要アリト認ムルトキハ」いつでも当局の強権が振るえ、被保険者(国民)や保険医療機関側の発言権や異議申立権は全く認められていない。

このような強権的な健保法であっても、国や行政機関が保険医療機関に対して執行できる行政措置は、任意の「指導」と不正などが疑われた時の「調査(監査)」の2種に限られており、直接強制に至る「指揮」や「命令」は認められていない。しかし実際には、法の定めを異体化するため行政当局から発せられる「命令(政令・省令)」や規則・告示・訓令・通達などのいわゆる行政立法によって法の運用がゆがめられる場合が少なくない。

ところで、旧健保法では、「保険医療機関ハ…・ハ健康保険ノ療養ノ給付二関シ保険医…・ハ健康保険ノ診療二関シ、厚生労働大臣ノ指導ヲ受クベシ」と定め、これが「指導」に関する唯一の法的根拠である。指導の内容は、あくまでも「療養ノ給付」と「診療」に関する指導であって、診療報酬請求についての指導は含まれていない。さらに、それは指導を受けること自体を義務付けるだけで、指導内容に従うことを義務付けるものではない。しかし、「指導」に関し異体的なことを定めていない健保法のもとで、厚労省は、局長通知で「指導大網」なるものを出し、「個別指導」や「集団指導」を打ち出している。

法律に次ぐいわゆる行政立法は「命令・規則」「告示」と順次具体的な内容・細目を定めていくのが普通だが、医療現場では「命令・規則」「告示」を省いた局レベルの検討だけで済む最下級の「通達・通知」が乱発されていて、仰々しく出された「指導大綱」なるものは、最下級の通知であることを確認しておこう。1995年の「新指導大綱」では、本来健保法では対象にしていない診療報酬請求事務まで勝手に指導の対象範囲とした。さらに指導と監査を強引に結びつけ、個別指導を拒否したものは監査するとして、指導を事実上強制するという明白な行政手続法違反を犯している。

1993年10月、富山県の若い保険医が個別指導を苦に自殺をした痛ましい事件は、私たち保険医の心に深く刻まれている。理不尽な指導により診療報酬の(自主)返還を迫られ、追い詰められた。医師は本来自由で、公的な束縛を受けずに医業を営むことが国家的に認許されている専門家であり、医師の裁量権は法的にも尊重されている。戦前の国家体制の亡霊をひきずっているとも言える健康保険法を、ひらがな口語体で体裁を整えるだけのカムフラージュではなく、根本的に改めて、日本国憲法に根ざした国民、保険医の権利を守る「新健康保険法」を制定させる保険医連動を大きく広げていこう。

東京保険医新聞2003年3月25日号より