有事法制と医療

公開日 2003年06月05日

政府・与党は、有事法制関連3法案の今国会での強行採決を目指しているが、その内容にはいくつかの問題がある。第1にこの法案は明らかに違法違反である。「有事」を一日南き入れてしまったら基本的人権は完全に剥奪され、国民に対して憲法の力は及ばなくなる可能性がある。この法案は検討するにしても、十分、時間をとった議論が必要である。

第2に、規則というものは、法律に限らず、1日戻定されると1人歩きを始めることである。現在、法制化に賛成している人の中に、「これで直ぐに戦争を始めよう」と考えている人が多いとは思えない。しかし、20年30年経ち「法律」が既成事実化した後には、拡大解釈する者が必ず台頭してくるのだ。然も、「有事」とは何か、法律の文案では「言語明瞭、意味不明瞭」である。これでは拡大解釈を奨励している様なものである。実は、自衛隊は存在自体が「拡大解釈」の歴史である。

第3に「有事」の相手は誰なのか。かつてはソ連が仮想敵国であったが、そのソ連が消失した現在、実にうまく北朝鮮を格好の口実にしてはいないか。他国から攻撃について、普段から対応方法を整備しておくことに賛成であるが、問題はその可能性である。万が一なら「有事」であっても億や兆が一なら単なる「杷憂」であろう。そしてその程度であれば、要は「外交」の問題である。「有事」の可能性に就いての現実的数値が無いまま、世論を煽るのは余りに情緒的ではないか。それとも、「与党」には国民に秘密のデータがあるのだろうか。

第4の問題点は、もう少し意味が深い。今回の法制化の引き金はどう見ても米国からの圧力であるが、その実質的内容は由々しきものである。そもそも独立国家が自国の「軍隊」を他国の為に使用するなどということがあって良いのか。これは名実ともに属国化する事であり、その法制化はおよそ売国行為だ。しかもタチの悪い事に、自らの意志で率先して、とくれば、与党の知性さえ疑いたくなる。

以上のような基本点を指摘した上で、もう少し問題点を検討してみたい。国民・医療機関にいかなる影響を与えるのか。 有事法制関連3法案は、「武力攻撃事態法案」「安全保障会議設置法改正案」「自衛隊法改正案」を指す。このほか、関連するものとして、1999年に制定された周辺事態法などがある。

最大の焦点は「有事」の範囲を「武力攻撃が予測される事態」にまで拡大した点である。これによって従来に比べて有事の認定基準が曖昧になり、自衛隊の活動や武器使用、民間人への罰則適用、米軍支援策などあらゆる措置の発動が前倒しにできる。

有事と判断された場合、首相が議長を務め8人の閣僚と自衛隊統幕議長によって方針が決められ実行される。国会では事後承認のみを受ける。

国民に対しては、防衛庁長官らが都道府県知事に要請して「公用令書」を発行させ、国民の施設、土地、家屋、物資の使用、収用・保管や、医療、土木建築、輸送への従事を強制することを可能にしている。

地方自治体や公共機関のほか指定公共機関(=民間企業)と指定された場合も安全保障会議の決定した方針に従わなければならないが、医療機関は、指定公共機関(=民間企業)とされる可能性がある。病院、診療所は知事の管理下に置かれることになり、自衛隊からの要請を最優先としなければならなくなる。また、病院、診療所等の管理にあたって、行政が立入検査できることとなっており、拒否した場合には20万円以下の罰金刑となる。医師、歯科医師、薬剤師、X線技師、看護師、保健師等は従事命令の対象となり、任務につくことが強制される。

医薬品や医療・衛生器具などの取引・輸送に関する者に対しては物資の保管命令が出される可能性がある。これに違反した場合も処罰規定があり、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金刑となる。医療の場に警察が介入するということである。

これを裏付けるように、すでに東京都内の診療所や石川県のある病院へ自衛官補(日常は通常の診療をしながら、有事の際に医師として動員する)の募集や病院のベッド数の問い合わせなどが自衛隊から直接きているといった生々しい情報が協会に寄せられている。

有事法制が制定されれば、有事を想定した事態へ向けて準備は進められ、防衛・軍事予算は膨らむだろう。今でさえ国家予算の中で医療費が切り詰められている中、国民医療も医療経営も片隅に追いやられそうな気配である。

東京保険医新聞2003年6月5日号より