保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

精神科領域における社会的入院の解消

公開日 2003年07月25日

厚生労働省は昨年末、全国で7万2000人にのぼる精神障害の「社会的入院」患者を、10年間で全員退院させる計画を策定した。マスコミの調査によれば、これに対して59都道府県・政令市の約7割が「目標達成は厳しい」と受け止めている。自治体の多くは予算や人手の不足を理由に、退院患者の支援体制が不十分であるとした。

ところが、そうした現実とはまったく逆に、厚労省は社会復帰に役立つ社会適応訓練事業の補助金を今年度から削減している。これでは政策の整合性が一体どこにあるのか、誰が考えても矛盾している。

つい先々月の参院厚生労働委員会でも、この問題が取り上げられ、社会復帰に取り組むと言う厚労省の姿勢への不信感が表明された。都道府県などが計画している精神障害者の社会復帰施設に対する補助金の大幅削減は、そうした不信感が根拠のないものではないことを物語っている。

そもそも精神障害者の社会的入院が、これほどまでに多数にのぼることの背景には、長い歴史的経緯がある。日本は明治維新の近代化とともに富国強兵政策へ突き進み、障害者の福祉医療などを顧みることが無かったといってよい。精神病院のほとんどが民間の私立施設であり、精神医療に関わる近代的法律の整備も欧米各国に比して約半世紀も遅れて制定された(精神病者監護法、1900年)。

大正期には、公立の精神病院不足を補うために私立精神病院をその代用に供するための「精神病院法」をわざわざ別個に制定した経緯もある。しかし、精神病者監護法によって私宅監置(いわゆる座敷牢)が法的に容認された結果、精神障害者は私立の施設への入院はおろか、個人の私宅で家族によって隔離されるという非人道的な扱いを受けてきた。

第2次大戦の敗北によって、アメリカ占領軍の指導の下、精神病者監護法が廃止され「精神衛生法」が制定されてはじめて、私宅監置は法的に禁止された(1950年)。

ところが、座敷牢から出された患者が多数にのぼったため、その代替収容先に圧倒的な不足をきたして、戦後の精神衛生行政は全国に民間の精神病院を多数作らせる施策をとる。その結果、長期にわたって未治療のまま私宅監置されてきた患者の収容先となった民間の精神病院は、患者の退院先もないままに隔離収容を続けた。もちろん、患者の意思などは考慮のほかであった。

さらに精神衛生法に定められた措置入院制度も、いわゆる経済措置と言われたように、医学的理由によるのではなく経済的理由によって入院が認められるかたちで機能した。現在でも措置入院患者の25%が、実に20年年以上の長期入院患者となっている。

医学的には入院している理由もないのに、病院から一歩も出ることなく入院先をいわば定住地とする精神障害者が生まれた背景には、このような歴史がある。それを今、わずか10年ですべて解消しようとするなら、それに見合うだけの予算的裏づけが不可欠であろう。また、このような非人道的な隔離収容政策を続けてきた国は、精神障害者に対して国として謝罪する必要すらあるのではないか。

21世紀の福祉国家として日本が再生しようとするのなら、過去の負の遺産を正当な形で再検証し清算すべきだ。そのためにも国家はいま、あるべき将来のビジョンを確固とした予算的裏づけのもとに示すべきである。

東京保険医新聞2003年7月25日号より