保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

731部隊の爪痕 忘却への警鐘

公開日 2003年08月25日

今月4日、黒龍江省チチハル市内の建設現場で毒ガスの入った金属容器が見つかった。その溶剤によって、37人が入院、うち数人が危篤状態となっている。旧日本軍の遺留の毒物と考えられている。

人々の記憶から戦争の恐ろしさが薄れていく中で、8月のこの時期、突如、忘却に対する警鐘を鳴らすように起こった事件である。

この場所は、第2次世界大戦中、関東軍防疫給水部(第731部隊、石井部隊)があったところだ。細菌兵器を造る目的で、中国人・朝鮮人・ロシア人を「マルタ」と称し、非人道的な生体実験が行われていた。そこでの実験の内容は、森村誠一の『悪魔の飽食』に詳しい。

旧日本軍が残した爪痕は中国各地に存在する。大変危険なことだが、それらは厳重な処理もされないまま、放置されているものも多い。今回のチチハル市の例がそのひとつだが、日本国内でも茨城県、神奈川県寒川町、平塚市、茨城県神栖町など旧日本軍が遺棄した毒ガスに起因する有機ヒ素化合物などが発見され、住民の健康に障害をきたすような深刻な事態に及んでいる。

チチハル市やその他の被害の元となる、生物兵器・細菌を製造した旧日本軍・防疫研究室の「本丸」は新宿にあった。戦時中は、軍用施設の集中地域だった。現・新宿区戸山町の辺りには、陸軍軍医学校・臨時東京第一陸軍病院・近衛騎兵連隊などが敗戦まで存在した。

この地に、1989年7月22日、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)が建築されたとき、20年以上前のものとされる多数の人骨が発見された。「第731部隊による生体実験の犠牲者ではないか」と国内外で注目されたが、当時厚生省(現・厚生労働省)は身元確認を拒否、その後、91年から佐倉朔教授による人骨鑑定作業が始まり、1.人骨は百体以上2.モンゴロイド系の複数の人種が混在3.複数の頭骨に医学実験の痕跡4.一部にフォルマリン等で固定された形跡5.目や脳などの軟部が付着したものもあった、以上を公表した。特に、3.の頭骨に医学実験の痕跡では、当時一般に行われていなかったとされる脳外科手術の跡であり、頭骨の頚椎から切断され、右頭部がのこぎりによって大きく切り取られている。頚部には皮膚などの軟部が多量に残っていたが、脳はなかった。*参考:『「人骨」は訴える』(軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会)

89年の人骨発見以外にも、防疫研究室に勤務した人々や軍医から「軍医学校の石井四郎教官の講義で人体実験に供された生首の標本を見せられた」などの証言がある。また、元陸軍軍医学校の看護婦の証言では「ほかにも標本が埋められたそうだ。隠蔽のために埋めた場所の上に官舎を建てたと聞いた」という報告もあった。その場所は、現在国立国際医療センターの宿舎になっている。旧日本軍に拉致され、「第731部隊送りになった」と証言する遺族は、今も遺骨の帰りを待っている。十分な発掘調査も行われないまま、58年の月日が経った。

日本は、果たして、第2次世界大戦の反省の上に歩んできただろうか。いかに人々の記憶が薄れようとも、戦争加害の爪痕は、忘却を許すことなく、骨となっても土の中から声なき声をあげている。

東京保険医新聞2003年8月25日号より