保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【主張】いわゆる「応召義務」を考える

公開日 2019年09月18日

 1880年(明治13年)の刑法には、「医師ガ故ナクシテ急病人ノ招キニ応セサル」時の処罰規定があり、応召義務と名付けられた。

 1948年(昭和23年)制定の現行医師法にも、刑法罰のない倫理規定として応召義務が残され、医師免許はく奪や停止という行政処分がありうると解釈されてきた。

 現行の医師法第19条には、「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければこれを拒んではならない」と記されている。「正当な事由」とは、医師の不在又は病気等によって、事実上診療が不可能な場合とされてきた。軽度の疲労だけで診療を拒むことは、第19条の義務違反(1955年8月12日医収第755号「所謂医師の応召義務について」)となり、行政処分の対象になるとされてきた。「正当な事由」に対して、厚労省は厳格な解釈を行ってきており、救急医療の責任を第一線の医師個人に押し付けてきたことが、医師の異常な長時間労働に繋がっている可能性がある。

 しかし応召義務は、医師法に基づき医師が、(患者ではなく)国に対して負担する公法上の義務である。刑事罰は規定されておらず、医師個人が行政処分された実例は確認されていない(2018年9月19日第10回医師の働き方改革に関する検討会資料)。なお、旧医師法にも現行医師法にも、「応召義務」という用語はない。

 厚労省は2019年7月18日の社会保障審議会医療部会で、同部会の岩田太委員(上智大学法学部教授)が研究代表者を務める厚生労働科学研究「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究」の報告書を受けて、「現代における『応召義務』に関する解釈通知」を発出する方針を示した。

 岩田氏の研究は、①応召義務があると言っても、医師個人に際限のない長時間労働を求めていると解釈することは、立法の趣旨に照らして正当ではない、②医療機関と医師個人が従うべき準則を体系的に示す必要がある、と述べている。

 応召義務の解釈にあたっては、患者の立場と医師の職業倫理や矜持を尊重しながら、予想以上に医師の過重労働を招いてきた側面を重視する。個別のケースを体系的に整理するにあたっては、緊急対応が必要な場合(A)必要でない場合(B)に分け、それぞれを診療時間内(1)か否か(2)で分け、大きく4つに分類した。これに準拠して考える。

 A―1の場合、診療が強く義務付けられる。診療できない場合には、理由を説明して必要な応急処置を行い、他院に転送する。

 A―2の場合、診療することが望ましいが、診療できない場合には、診療できない事情を説明し、必要な応急処置を行った上で、他院を紹介することが望ましい。

 B―1の場合、患者の求めに応じた診療を行うことが望ましいが、診療ができない場合には、診療ができない事情を説明し、必要であれば他院を紹介することが望ましい。患者との信頼関係に配慮する。

 B―2の場合、診療しないことに問題はないが、診療できない場合には、診療ができない事情を説明する。必要であれば他院を紹介することが望ましい。

 以上の4つの分類に関係なく、診療しないことが正当化される場合がある。暴言暴行や不退去などによる修復困難な信頼関係の喪失、悪意のある治療費の不払い、言語や宗教が診療の著しい障壁となるとき、特定の施設が対応するべき1・2類感染症の恐れ、明らかに診療の必要がないとき、などである。すべての場合において、診察できない事情の丁寧な説明をおこない、必要に応じて他院を紹介することが望ましい。

 明治から昭和初期の医療と、現在の医療は別ものである。栄養不良や不衛生、感染症と闘った過去の医療は克服された。現代は医療の高度化・専門化が進行し、医療機関の機能分化や連携が進んでいる。地域医療システムはもちろん、救急医療体制が全国的に整備されている。高度医療機器を備えて多職種が協働する、中規模以上の病院は多数整備されている。

 医師個人に対して、患者が無制限な診療を要求できる応召義務のような規定があることは、現実的な対応と整合しなくなっている。

(『東京保険医新聞』2019年9月15日号掲載)