[主張]医療費削減が招いたコロナ禍

公開日 2020年07月14日

独・伊の明暗を分けた医療提供体制の差

 2020年6月1日現在、ドイツの新型コロナウイルス感染症による死者数は8511人(致死率4・7%)と、欧州諸国の中で突出して少なく、イタリアの3万3415人(致死率14%)と4倍近い差がある。

 ドイツが患者の抑え込みに成功した要因としては、初期段階で徹底したPCR検査体制を敷いたことの他にも、豊富な病床を確保していたことが挙げられる。ドイツの人口1000人あたりの病床数は8・0で、特に集中治療室(ICU)病床数が人口10万人あたり29~30床と、イタリア(約12床)の2~3倍程である。ドイツでは「医療供給の過剰」が指摘され、病床の削減も検討されていたが、病床に余裕があったために、重症患者の受け入れが可能になった。

 一方、イタリアの医療は2000年代初頭にはWHO調査で世界2位の高水準を誇っていたが、2008年のリーマンショックによる金融危機以来、財政赤字を減らすために医療費支出が標的とされた。病院の統廃合や病床の削減、医療スタッフの給与削減などが行われた結果、2000年には国民1千人あたりの病床数は4・2だったのが、17年には3・2まで減少し、また、多くの医師が民間病院や海外に流出した。そのために、急増した患者を受け入れきれず、医療崩壊の要因となったと指摘されている。医療提供体制を経済効率優先で考えることは大きな誤りである。

 日本集中治療医学会は2020年4月1日の理事会声明で、上記のイタリアとドイツの集中治療体制の違いに言及。その上で、日本は人口10万人あたりのICUのベッド数がイタリアの半分以下にあたる5床程度であることを指摘し、「死者数から見たオーバーシュートは非常に早く訪れることが予想されます」と警告している。

コロナ禍を契機に医療費削減政策の転換を

 今般の新型コロナウイルス感染症の対応では感染症病床が不足し、一般病床での患者受け入れが行われ、院内感染多発の一因ともなった。

 病床が不足した要因は、国が医療費亡国論のもと、長年にわたり医療費削減政策を続けてきたことにある。1998年から2018年までの間で、全国の病床の総数は約189万2000床から約164万1000床、9210床あった感染症病床は1882床にまで削減されている。

 安倍政権下では、さらに病床削減の流れが加速した。「地域医療構想」の名の下で、各都道府県に必要な病床数を推計させ、病床の転換・削減を進めてきた。

 2019年9月には、厚労省は公立病院や公的病院の25%にあたる全国424病院について、「再編・統合の議論が必要」として病院名を公表し、2020年9月までに再編統合に係る結論を出すように求めた。2019年10月の経済財政諮問会議では「官民合わせて約13万床の病床削減が必要」とする提言が出された。

 地域の個別事情を無視した病院名公表という強引な手法に対し、都道府県や地域の医師会、患者団体から抗議の声が上がった。その後、2020年3月4日の医政局長通知で、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、報告期限が延期されることとなった。

 東京では、小池百合子都知事が2019年12月3日に、都立・公社14病院を独立行政法人化させる考えを表明しており、翌年3月31日の「新たな病院運営改革ビジョン」でも同様の方針を示している。独法化により、都の運営負担金や繰入金の削減や、これまで都立・公社病院が担ってきた感染症・周産期・小児・難病・高度精神科・災害医療などが不採算部門として削減されることが懸念される。

 新型コロナウイルス感染症に対応できる第二種感染症指定医療機関の多くは公的病院であり、実際に多くの患者の受け入れ先となっている。今後、第2波・第3波も予想される中で、国や都の方針は人命や安全を軽視したものと言わねばならない。医療提供体制と感染症対策の不備により、尊い命が失われた教訓を生かすことが大切だ。

 また、今回の第1波において、PCR検査の相談・申し込みの窓口となった保健所に大きな負荷がかかり、検査体制が滞る一因となった。政府は長年にわたり、保健所機能の削減政策をとってきた。1994年に保健所法が地域保健法に改定され、担当地域が二次医療圏単位に拡大された。その結果、保健所の統廃合が進み、1994年時点で852カ所あった保健所は2020年には469カ所にまで削減された。

 今般のコロナ禍は、社会が抱える様々な脆弱性、歪みを露呈させたと言える。今こそ政府は医療費削減政策を転換すべきだ。第1波での反省を踏まえ、海外の事例も参考にして、国民のいのちと安全を守るために必要な体制を整え、拡充することを国に求めていく。

(『東京保険医新聞』2020年7月5日号掲載)