[主張]菅新政権の政策を問う~デジタル庁への懸念~

公開日 2020年12月11日

 9月16日の総理大臣就任後の記者会見で、菅首相はデジタル庁の創設を表明し、その準備機関として、30日に内閣官房の「デジタル改革関連法案準備室」が創設された。デジタル庁の創設は2021年9月を予定しているという。

 デジタル庁は具体的には何を実行するのか。10月26日の所信表明演説で菅首相は、コロナ禍で行政サービスや民間におけるデジタル化の遅れ等の課題が浮き彫りになったと述べ、各省庁や自治体の縦割りを打破し行政のデジタル化を進めるとしている。

 政府がデジタル化の鍵としているのがマイナンバーカードだ。首相は、今後2年半でほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡ることを目指し、2021年3月から保険証をマイナンバーカードを一体化し、また運転免許証のデジタル化を進めるとしている。

 2016年のマイナンバーカード開始から5年近く経つが、普及率は2020年9月23日時点で20・5%に留まっている。普及が進まない理由として、登録手続きの煩雑さ、個人情報を政府に委ねることへの忌避感などが考えられるが、最大の理由は国民にとってメリットがないことだろう。

 「行政サービスのデジタル化」の遅れの例として、政府が挙げるのが特別定額給付金の給付遅延だ。しかしこれは、住民登録された人に区市町村が現金を給付するだけの作業だった。本来必要のないマイナンバーカードを利用した結果、暗証番号やパスワード等のトラブルが発生し、支給の遅れを招いたのである。

 医療機関でのオンライン資格確認についても、設備導入・維持の費用や労力、カードの紛失や医療情報漏洩の危険性等、様々な問題が指摘されている。特別定額給付金支給で自治体の窓口が経験した混乱を、今度は医療機関が経験することにならないだろうか。

 法案準備室のメンバーには経済産業省や財務省職員が複数含まれており、また首相自身も「新しい成長戦略の柱として、社会経済活動を大転換する改革だ」と述べている。このことは、デジタル化の本質が経済振興策であることを物語っている。医療においても、電子カルテを基に医療データを集積して民間で利活用することが検討されており、オンライン資格確認システムとマイナンバーのインフラが利用されると考えられる。まさに医療の産業化であり、そこに医療現場や国民の目線は存在しない。

 11月に入り、マイナンバーカード機能のスマートフォン搭載や、現行の保険証の発行停止を検討することが打ち出された。保険証の発行が停止されれば、国民は保険診療を受けるためにマイナンバーカードを取得しなければならず、実質的なカードの強制である。日本学術会議の任命拒否問題でも批判された、菅政権の強権的な体質がここにも現われている。

 所信表明で菅首相は、「役所に行かずともあらゆる手続きができる」「地方に暮らしていてもテレワークで都会と同じ仕事ができる」「都会と同様の医療や教育が受けられる」社会の実現を目指すとしている。

 だがこれらはデジタル化によって実現されるのだろうか。地方と都市の医療・教育の格差は、端的に言って施設や人員など「体制」の問題である。テレワークに置き換え可能な労働は、全体の一部に過ぎない。むしろ、医療分野をはじめとする、テレワークに置き換えられないエッセンシャルワークこそが社会を成り立たせていることを、今回のコロナパンデミックは可視化したのではなかったか。

 改革すべきは、コロナ対策の責任を現場の「自助」努力に求める政治姿勢ではないか。給付金やGOTOキャンペーンにおいては中抜き委託料で血税が浪費されている。デジタル化が進んでも、国民のための施策が実行されない限り、莫大な税金が利権によって食い物にされるだけだろう。

 「デジタル化」が、政府による監視社会を目指したものではないか、個人情報漏洩の危険はないか、その真の狙いを冷静に見極めていく必要がある。

(『東京保険医新聞』2020年11月25日号掲載)