公開日 2025年02月17日
財務省の財政制度等審議会は2024年11月29日、2025年度予算編成に向けた「秋の建議」をまとめ、加藤勝信財務相に提出した。
建議は、地域間、診療科間、病院・診療所間の医師偏在是正に向けた強力な対策を講じる必要があると主張し、具体策として①診療報酬の地域別単価の導入、②診療所の報酬適正化、③診療報酬上のディスインセンティブ措置、④規制的手法(新規開業規制)、等を挙げた。
■診療報酬単価の地域差導入は不合理
①は「春の建議」の内容を引き継ぎ、地域間の診療所偏在是正のためとして、診療所過剰地域における診療報酬1点当たり単価の引き下げを主張した。
診療報酬は全国一律の公定価格であり、患者は地域によらず同じ自己負担で医療を受けられる。地域ごとに単価を差別化することは公平性の観点から問題があるだけでなく、単価を下げた地域に患者が流入すれば、過疎の問題が悪化する恐れもある。人命をとりあつかう医療を地域により差をつけるべきではない。
そもそも、医師は高い報酬が見込める地域に集中しているのではなく、自身が生活しやすい地域、仕事を継続しやすい地域、多くの症例を経験できる地域を選択した結果、都市部に集中している。経済的ではない要因で起きている偏在を、経済的なディスインセンティブで解決しようとすることは不合理であり、医師偏在是正ではなく医療費抑制が財務省の真の目的であることは明白だ。
また、厚労省が設定する医師偏在指標は、単に「地域の医師数(性別・年齢別の平均労働時間を加味)」を「地域の人口(性別・年齢別の受療率を加味)」で除しただけの数値だ。それをもとに、全国の二次医療圏の上位3分の1と下位3分の1を「医師多数区域」「医師少数区域」と称し、相対的に区分しているに過ぎない。
本質的な課題は医師偏在ではなく、政府による長年の医療費抑制政策とその帰結である医師の絶対数の不足にある。偏在対策を謳う前に、地域に必要な医師数に対して絶対数が充足しているかどうかを表す指標を示すべきだ。
■「診療所集中」は欺瞞
②では、診療所数を過剰と評価し、「病院勤務医から開業医にシフトする流れを止める」ため、「診療所の報酬適正化をはじめとした診療報酬体系の適正化」等に取り組むべきと主張した。
財務省が診療所・病院間の医師偏在の根拠とするのは、「診療所数の増加」と、「診療所に比べて病院勤務医が不足している」という厚労省の検討会構成員の発言の2つだ。
前者は事実だが、診療所医師の増加以上に病院医師が増加しており、診療所への集中が進んでいるどころか全体としては診療所医師の割合は減っている。厚労省の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によれば、2000年から2022年で医師総数のうち診療所医師の割合は34・6%→31・3%と減少、病院医師は60・4%→64・1%と増加している。
後者はそもそも政策決定の材料として取り上げるに値せず、診療所に狙いを定めて「適正化」という名の報酬削減を提案する根拠としては薄弱だ。
■医療費総枠拡大を
さらに建議は、③診療報酬上のディスインセンティブ措置として、特定の地域で過剰になっている診療科の医療サービスを「特定過剰サービス」として減算する仕組みを提案した。アウトカム指標を設定し、満たせない医療機関のみを減算する想定だ。
また、特定過剰サービスの医療費総額を制限することも提案した。例えば、そのサービスの医療費総額が前年度に比べて大幅に増加し一定の基準額を超えた場合には、アウトカム指標を満たさない医療機関を中心に超過額の保険償還分を精算する考えだ。
2024年度の診療報酬改定は医療界にとって過酷なものであり、諸物価高騰と相まって診療所も病院も経営難に直面している。
いま緊急に必要なことは、医療費総枠を拡大し医療全体の経営を立て直すことだ。医療費総枠を拡大せずに診療報酬配分の見直しに終始すれば、医師不足にあえぐ地域・診療科だけでなく、医療界全体が崩壊の危機に立たされることになる。
日本医師会の松本吉郎会長は12月4日の記者会見で、「地域別診療報酬、医師偏在における過度な規制的手法、『特定過剰サービス』という発想等は到底容認できない」と財政審の議論を批判した。
■厚労省の取りまとめ結果 開業規制の懸念
「秋の建議」を受け、厚労省は12月25日に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」をまとめ、診療報酬の地域別単価導入やディスインセンティブ措置の記載は見送られた。
しかし、規制的手法による偏在是正対策が盛り込まれ、医師多数区域での新規開業希望者に対し、「その地域で不足している医療機能の提供や医師不足地域での医療の提供を要請し、要請に従わない場合は勧告・公表・診療報酬上の対応・補助金の不交付等を行う」ことが記載された。
この間の厚労省の分科会では支払い側から「勧告に従わない場合、保険医療機関の指定を取り消すべき」「そもそも開業を認めない(不指定とする)べき」との意見が盛んに出ている。「総合的な対策パッケージ」が実質的な新規開業規制とならないよう、運用を注視する必要がある。
(『東京保険医新聞』2025年2月5日号掲載)