[主張]高額療養費の自己負担上限額引き上げを中止せよ

公開日 2025年03月12日

 政府は2024年12月25日、医療費の患者負担を一定に抑える高額療養費制度の自己負担上限額を、2025年8月から27年8月にかけて3段階で引き上げることを決定した。

 所得区分について現行5区分のまま、2025年中にまず2・7~15%引き上げ、26年に住民税非課税世帯以外の4区分をそれぞれ3つに細分化し、段階的に引き上げるとしている(下図参照)。 

 例えば年収370万~770万円の場合、現在の自己負担上限額は8万100円だが、最終的に650万~770万円の層は27年8月には13万8600円と、5万8500円もの引き上げとなり、これは現行の1・73倍である。年収1650万円以上の人であれば、現状の25万2600円が1・76倍の44万4300円になる。

 70歳以上で年収370万円までの人を対象とする外来特例も、これまで14万4000円であった年間上限額が最大22万4000円に引き上げられるなど、所得が一定以下の住民税非課税の人を除き、大幅な負担増となる。

 

根拠も効果もない自己負担上限額引き上げ

 政府は、前回実質的な見直しを行った約10年前(2015年)と比較して、賃上げの実現等を通じて収入が増加していることを高額療養費の見直しの根拠として挙げているが、賃金から消費者物価指数を除した「実質賃金」は10年前より減少しており、国民の暮らし向きはむしろ苦しくなっている。

 また、政府は現役世代をはじめとする被保険者の保険料負担の軽減を掲げているが、実際の軽減幅は月92~417円程度に過ぎないとの試算を厚労省自身が示しており、軽減を実感できるほどの効果はない。そもそも保険料負担の多寡と、重篤な疾患の治療・療養を必要とする患者の負担額には何の関連性もない。

「国に死ねと言われている」患者からも怒りの声

 長寿化した日本では、統計上2人に1人が、がんに罹患するとされており、それ以外でも思いがけない事故や大病で高額な医療費を負担する必要が生じることは、老若男女関係なく誰にでも起こりうる。

 がんや難病の治療の進歩は目覚ましいが、医療費は高額であり、長期生存が可能になれば、生涯医療費の支出は膨らむことになる。思うように働けなくなり、所得が減少した患者にとって、高額療養費制度は心の拠り所であり、負担上限額の引き上げは、患者の闘病・療養を妨害するのに等しい。経済的な理由で治療の継続を断念するケースの増加は必至だ。

 全国がん患者団体連合会(全がん連)が2025年1月17日~19日にかけて行った患者アンケートには、「はっきりいって国に死ねと言われている思い」「死ぬことを受け入れ、子どもの将来のためにお金を少しでも残す方がいいのか追い詰められています」「誰も突然に、たまたまそうなる可能性があるからこそ、そうなった人を支えるのが社会ではないのか」等、当事者の赤裸々な実状が綴られている。

 国民の生命を脅かす改悪を断じて容認することはできない。政府は机上の数字ではなく、現に制度を利用している当事者の実態を把握すべきだ。

「多数回該当」のみの修正案は救済にならない

 政府は2月14日、多数回該当(過去1年に3回以上負担上限額を超えた場合、4回目以降は上限額が下がる制度)の上限額の引き上げを見送る修正案を提示した。しかし、高額療養費制度の利用者のうち多数回該当者は約2割に過ぎない。そもそも、負担上限額の引き上げによって多数回該当の条件を満たさなくなる人が新たに発生するため、このような小手先の修正では全く不十分であることは明らかだ。

 国民の生存権に直結する制度に財源を見出そうとすることが根本的な誤りである。誰もがお金の心配なく必要な医療を受けられる社会を守るために、高額療養費制度の自己負担上限額の引き上げ中止を求めていく。
 

(『東京保険医新聞』2025年3月5日号掲載)