[主張]政府の医療費削減策に抗議する

公開日 2025年05月13日

 政府による医療や社会保障を対象とした攻勢が続いている。

 自民党、公明党、日本維新の会の3党による社会保障改革の協議が3月18日から始まった。維新の会は年間で国民医療費4兆円削減を主張しており、OTC類似薬の保険外しを提案している。

 高額療養費の自己負担上限額の引き上げについては、国民世論の強い反対によって政府は2025年夏の引き上げを断念したものの、2025年秋までにあらためて方針を検討するとしており、方針そのものの撤回には至っていない。

 高額療養費の上限額引き上げを巡っては、反対する立場からも、たとえば「代わりに湿布や保湿剤を保険から外すべき」等のような「代替案」が出される場面があった。医療費抑制に苦しむ当事者すらも、医療費抑制を前提とした形の要求に追い込まれている。

 しかし薬剤の安易な保険外しは、患者負担を増大させるだけではなく、診察に基づかない薬の不適切な使用による健康被害の増加を招く。医療費は必要性に応じて決められるべきものであり、必要な費用を削れば必ず国民の健康に影響をもたらすことになる。

 医療・社会保障費の抑制を前提とした議論そのものを、今あらためて問い直すべきだ。

異様な膨張を続けるマイナ関連費用

 マイナンバー制度導入時点で、政府はシステム構築等の初期費用を約2700億円、維持費を年間300~400億円程度との試算を示したという。しかし2021年3月31日の衆議院内閣委員会で、菅義偉首相(当時)はマイナンバー制度に関する国費支出の累計が9年間で約8800億円に上ることを明らかにした。さらに2024年5月13日の衆議院決算行政監視委員会で、総務省はマイナンバー制度のシステム構築やカード発行等のマイナンバー制度関連費用の12年間の合計額を約1兆1700億円と報告しており、先の発言からわずか3年で3900億円増大している。

 また、これらの費用とは別に、2020~2023年にかけてマイナポイント事業が行われ、第2弾ではマイナ保険証の利用登録者に7500円相当のポイントが給付されている。2024年5月の衆議院決算行政監視委員会で総務省は、マイナポイント事業の支出が計1兆3779億円に上ることを明らかにしている。

 マイナ関連政策は複数の省庁にまたがっており、その中でマイナ保険証に関する費用の総額を正確に把握するのは困難だが、マイナポイント事業だけでも1兆円を超えている。その他にも、2023年度補正予算案ではマイナ保険証利用促進・環境整備として887億円が計上されている。マイナポイント事業は「マイナカードを活用した消費活性化策」と謳われていたが、消費活性化は名目に過ぎず、実際には同事業は低迷するマイナカードおよびマイナ保険証の普及率上昇を目的とした「バラマキ」であった。

 2014年11月19日に日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会は合同声明の中で、個人番号カードへの健康保険証機能の取り込みに明確に反対していた。オンラインで資格確認を行うとしても、仮にマイナカードと保険証の一体化ではなく、従来の健康保険証に電子チップを埋め込む等の方法を取り、顔認証も医療情報取得等も入れない資格確認だけの簡潔なシステムであったなら、上述の出費の多くは必要なかった。

 マイナンバーやDXをめぐる費用は際限のない膨張を続けており、現場に負担を強いて一部の営利企業が利益を得るという状況が続いている。

社会保障費を圧迫する防衛費大幅増

 2025年度予算で防衛費は8兆7005億円が計上され、初めて8兆円を超えた。11年連続で過去最大である。防衛費は1995年度から概ね5兆円前後で推移してきたが、2023年度6・82兆円、2024年度7・95兆円、2025年度8・7兆円と、23年度からは毎年1兆円ずつ増額している。

 これは「防衛力整備計画」(安保3文書の一つ)が、23〜27年度の5年間で防衛費をGDP比2%(総額43兆円)とする方針に基づいており、この方針が達成された場合、日本の防衛費は世界第3位になる。

 しかし、防衛費とは日本の周囲にある具体的な危険に対応するために必要な防衛能力を検討して算出されるものであり、GDP(国内総生産)とは本来関係がない。防衛費増大の理由として、中国の軍事的台頭や北朝鮮の核開発、ロシアのウクライナ侵攻等が挙げられているが、実際にはGDP比2%という目標は米国の要求に基づいた数字ありきのものだ。現在、第2次トランプ政権はさらにGDP比3%への増額を要求している。

 現実的な必要性と乖離した防衛費の急増は、周辺国の不安と緊張を高めることになる。軍拡競争に駆り立てられたり、誤認による偶発戦争が起こる危険性が高まる等、むしろ安全保障上のリスクとなりうる。

医療現場から声を上げよう

 マイナ事業、防衛費の例を挙げたが、共通するのは「数字」「目標」が先にあり、現場からの「本当にそれが必要なのか」という検討が行われることなく、強行されていくという体質である。

 国民のいのちと健康を守る医療・介護と、それを支える社会保障費も国にとって必要不可欠な「安全保障」であるはずだ。医療費・社会保障の抑制を前提として、その中でパイを奪い合うような議論に乗るべきではなく、「代わりに何を削るか」を言う必要はない。

 患者のいのちと健康を守るために必要十分な医療費を現場から要求していこう。
 

(『東京保険医新聞』2025年5月5・15日号掲載)