【主張】医療の営利化は命の格差を生む

公開日 2013年06月25日

 米国政府は日本の公的医療保険制度を非関税障壁とみなし、長年にわたってその変更を求めてきた。米国の要求は多岐にわたるが、自由診療の全面解禁、営利企業の病院経営、民間医療保険の市場拡大、医薬品・医療機器の自由価格販売など、医療をビジネスとみなして営利主義を持ち込もうとしている。これらは、世界一効率的に健康と長寿を達成しているとWHOが評価する日本の医療を、利益目的の産業に変質させようとするものである。

 1997年4月、日本側から「日米関係の強化に向けた課題」が発表され、日本は1)規制緩和・市場開放にとり組む、2)アジアの安定と発展(軍事と経済)に協力する、3)食糧問題を解決する、4)ビジネス環境を整備(米国化)する、などの方針が示された。これ以降、労働法制、金融・保険、流通などの規制緩和が進行中である。

 2005年11月、第42回日米財界人会議は「『日米安全保障条約を基本とする政治的同盟関係』の強化のために、包括的な経済連携協定(EPA)が必要だ」とする共同声明を発表した。2008年10月、第45回日米財界人会議で米国は「アジアにおける『日米の安全保障関係』が重要になっているが、日本は縦割り行政で官僚や族議員の力が強く、農業などが高水準のEPAの障害となっている」と批評した。いま話題のTPPはEPAにほかならず、TPPは日本の農業と医療と保険をターゲットにしてきた米国が持ち出しているのだ。

 生命保険協会によれば、約6割の世帯が医療保険・医療特約に加入しているという。加入の動機は45%が治療費自己負担の補てん、次いで治療の長期化への備えだという。ところが医療費自己負担の総額5兆円に対して、国民は安心料として5兆円の保険料を支払っている状態だ。また「先進医療」は、公的保険が負担する保険外併用療養費46億円と自費分の100億円を合わせて、総額が146億円であったが、その約6割は国内わずか9施設で研究中の「陽子線治療」と「粒子線治療」に支払われていた。多くの国民にとって、先進医療特約の必要性は少ないと言えるだろう。公的医療保険の総額35兆5,000億円に対して、146億円は0.04%にすぎない。しかし、病気への不安が医療保険の販売額を押し上げている。生命と健康のためなら財布の紐が緩くなる。ここに営利主義がつけこめば、無駄な出費が多くなる。

 営利企業が病院経営を行って、医療費が世界一高額な米国では、検査や投薬の量が多くなりがちで、危険を伴う検査や手術が行われやすく、死亡率が高いことが問題になっている。配当金のために安全コストを削減すれば事故の増加につながりやすく、不採算部門を安易に閉鎖すれば、受診困難を増加させる。

 公的医療保険を営利企業集団に委ねれば、薬価や治療費を適正に保つ機能が失われ、医療費が高騰して貧富の格差が拡大する。高額な医療費を補てんするための民間医療保険が普及すれば、国民の支出は何倍にも増加するだろう。米国の医療がかかえる問題には、保険料が高額なこと、受診する病院を指定されること、保険会社が治療に介入すること、経済格差が大きいこと、などがある。営利企業が医療に参入しても国民は豊かにはならない。

(『東京保険医新聞』2013年6月25日号掲載)

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