【主張】新都知事にのぞむ 433万票は白紙委任ではない――山積の課題を都民視点で見直せ

公開日 2013年01月25日

 尖閣諸島買い取り発言による政治的混乱の中、石原慎太郎都知事が2年半の任期を残して辞任した。2012年12月に行われた都知事選挙は猪瀬直樹氏の圧勝となった。石原前都知事が猪瀬氏を後継者に指名したことと、同時に衆院選が行われて混乱したために、都知事選はまともな政策論争もなく終了した感がある。今後は一つ一つの問題をていねいに論じていくことが必要だろう。

 文筆家としても高名な猪瀬知事にわれわれ医師として望むことは、「庶民の痛みがわかる政治」である。まわりくどい言い回しで責任を逃れる、お役所文章が大嫌いな猪瀬都知事が、庶民の心に響く言葉を語ることを期待したい。

 石原前都知事は1999年の就任時に、「何が贅沢かといえば、まず福祉」と雑誌に述べた考え方を堅持して、福祉、医療の予算を徹底的に削減した。その結果、老人医療費の有料化、都営住宅の新築中止、都立小児病院・職業訓練校の統廃合、防災対策予算の削減、特養ホームなどへの補助の中止、福祉関係の人員削減などが行われた。自治体予算に対する老人福祉費の割合を見ると、東京都は全国第2位から45位に転落した。削減から生まれた財源は新銀行東京、臨海副都心開発、東京国際フォーラムなどのハコ物公共事業、3つの環状道路建設、都営地下鉄12号線工事、築地市場の移転推進、オリンピック招致活動などに向けられた。新しい都政は巨大開発や大型プロジェクトを見直して、社会保障の回復に向かうことに力を尽くしてほしい。

 医療では、何と言っても国民皆保険制度の堅持である。高すぎる保険料を支払えない人が増加しており、削減され続けてきた健康保険への補助金を復旧させる必要がある。

 同時に「予防接種」の推進も期待したい。政府が無料で定期接種するワクチンの数は、米国16、フランス13、ドイツ13、これに対し日本は8種である。2010年、ヒブ、小児用肺炎球菌、HPV、3ワクチンの定期接種化に向けた検討が始まり、新たな助成事業によって、ヒブ・小児用肺炎球菌の2ワクチンに対する無料化率が約90%(東京を除く)になったが、東京都では両ワクチンともに無料なのは23区中7区、39市町村中2自治体に過ぎない。都内全域での広域無料化が早急に望まれており、東京都の先進性を発揮してほしい。

 「環境」問題では、大気汚染による喘息患者への医療費助成制度が、5年目の見直し時期を迎えている。この助成を継続とともに、道路建設の見直しやバス路線の復活などを行い、環境負荷を軽減する努力も望まれる。

 「原発」は放射性物質を拡散する点において公害の一つである。原発は過疎地の人々を犠牲にして、都市部の住民と産業を潤すという差別問題を内在していた。東京都は東電の最大の株主として脱原発を進める義務がある。ところが猪瀬都知事は、産経新聞の新春インタビューで柏崎刈羽原発の再稼働について、「国が決めること」と発言、脱原発の姿勢を示していない。原発に「絶対安全」はあり得ず、事故時の除染と賠償のルールを作らない限り、再稼働を許すべきではない。脱原発は自然との共生に必要な一つの通過点であり、省エネが最も重要なことも忘れてはならない。

 最後にオリンピック招致だが、大の親日国家であるトルコのイスタンブールが候補地に上がっている。東京はすでに一回開催地となっているので、国際関係への配慮も望まれる。年明け早々から知事を先頭に有名選手を前面に出した招致活動を展開しているが、今必要なのは格差社会の厳しい現実を一時忘れさせるカンフル剤ではなく、庶民の生活を直接温める、効果的持続的な支援策だ。招致に対する日本国内の支持率が低いことには、それだけの理由がある。

 433万票余を獲得した猪瀬氏だが、約12兆円もの巨額の都財政を好きにしてよいという白紙委任が与えられた訳ではない。前知事のやり方を再点検し、山積する都政の課題を都民の視点で捉え、適切に対処する手腕が問われている。

(『東京保険医新聞』2013年1月25日号掲載)