公開日 2013年05月17日
2013年5月17日
東京保険医協会
会長 拝殿 清名
水際対策の有効性について
基本方針には海外で発生した際には(中略)水際対策を実施する」との記述がある。しかし、「感染症には潜伏期間や不顕性感染などがあることから、ある程度の割合で感染者は入国しうる」とも記述されており、自ら水際対策の意義は小さいことを認めている。新型インフルエンザに対する行動計画は国内発生以降の、来るべき爆発的な患者増に備えることを中心に置くべきである。
抗インフルエンザ薬とパンデミックワクチン
エジプトなどの養鶏大国では、H5N1ウイルスの鳥―ヒト感染が疑われる場合は早期入院と抗インフルエンザ薬(オセルタミビル)の投与を行っており、発症から3日以内に入院・投薬を行った場合には4日経過後に比べて格段に致死率が下がっている。また同じウイルスの伝播性については1996年に香港で出現して以来の症例は1,000例に満たないほどであるし、ヒト―ヒトでの感染は血縁関係にある親子や兄弟間に限られているという(2012年10月12日の日本感染症学会・インフルエンザ委員会特別報告)。
これらのことから、H5N1インフルエンザは伝播性は弱く、かつ抗インフルエンザ薬が有効であると考えられる。したがって、抗インフルエンザ薬の充分な確保とパンデミックワクチンの製造、円滑な配布体制を整えることに注力すべきと考える。特にワクチンの製造は2009年の新型インフルエンザワクチン不足の教訓に学び、早急に国内量産体制を国の責任で確立するべきである。
医療の確保
国内発生期、国内感染期にかけて、患者の急増が予想されることから、国民に対する相談窓口や患者の振り分け作業に当たる保健所の機能を早急に充実するとともに、重病患者の搬送手段と入院施設を確保すること。特に現下の病床削減政策を中止し、余裕のある地域病床数、人員が配置できるようにすること。さらに、下記の対策を講じること。
(1) 住民への広報
① 発熱時の受診方法などをテレビニュース前にテロップで流すなど、住民への周知を万全に行うこと。
② 医療を受ける必要が生じた場合は、資格証明書でも医療保険の自己負担額で受診できることを、住民へ周知徹底すること。
(2) 予防投薬の公費負担
① 濃厚接触者に対する抗インフルエンザウイルス薬の予防投与を公費で行なうこと。
② 新型インフルエンザ等が大流行した時、死因の大部分は肺炎球菌性肺炎による呼吸困難である。平時における肺炎球菌ワクチンの接種を拡充すること。
(3) 入院体制の確保
① 都道府県の責任において感染症指定医療機関の病床数を増やすこと。
② 感染症指定以外の医療機関において隔離病棟として取り扱う場合の医療機関の届出等取り扱いの簡略化を図ること。
③ 病床数が不足する事態となった場合、病室定員数にかかわらず入院を認めること。しかし、医療施設の食堂やリハビリ室、ロビーなどの共有空間を活用して臨時の病床を確保することは肺炎球菌性肺炎に感染する機会を増大させて死亡者数を著しく増加させるおそれがある。インフルエンザ患者は正常な喚起が保たれた小さな部屋に分散して収容する必要がある。これを可能にする施設を確保しておかねばならない。
④ 医師・看護師等の「欠員」状況の発生等々、施設・人員・運営基準についても、医療が継続できるように都道府県は柔軟な対応を図ること。超長時間過重労働に依存した日本の医療体制を見直すこと。消防、警察、海上保安庁などが独立採算を要求されることはない。病院に独立採算を要求することはあやまりであることに気づくべきである。
(4) 診療体制の確保と支援
① 国内感染期には、行政から供給される抗インフルエンザ薬の投与を含め、原則として全医療施設が、新型インフルエンザの治療に取り組むことができる体制を構築すること。
② 医療従事者が新型インフルエンザに感染・発症、または感染・発症によって休業した場合等に対して、診療の継続等への支援や医療従事者への補償を行なうこと。
③ 国内感染期における医療従事者を確保するため、平素から保育体制を確立すること。
④ 医療従事者を感染から守るPPE(個人防護用具)と予防投与用の抗インフルエンザウイルス薬の備蓄は、医療機関に任せるのではなく、行政が必要量を確保し、発生期から大流行期、小康期の全期にわたって医療機関に支給する体制を整えること。
新型インフルエンザ等対策では、発生時の封じ込め対策に過大な効果を期待することなく、ライフライン・保健・衛生・医療・エネルギー・食料・交通・公共サービスの確保などの対策に万全を期すこと。ワクチン製造・支給・接種体制の確立はもとより、抗インフルエンザウイルス薬とPPEなどの備蓄・支給体制や医療従事者罹患時の補償体制など、全医療施設が取り組める治療体制の整備・確立、小児や様々な疾患を抱えた高齢者など、免疫力の弱い方が感染した場合の緊急入院用ベッドの確保対策の早急な構築を行うこと。
外出自粛要請、施設の使用制限
新型インフルエンザの被害想定の上限値は、受診患者数2,500万人、入院患者数200万人、死亡患者数64万人という極めて大規模なものとされている。1918年に発生したスペインかぜからの推計であるが、当時と現在の我が国の国民の健康状態、衛生状況及び医療環境は大きく様変わりしており、妥当な被害想定ではないという意見もある。
外出する主な理由は通勤、通学、食料品や日用品の買い物であり、これらを完全に制限することは現実的に不可能である。基本方針では基本的人権の尊重として「新型インフルエンザ等対策の実施に当たって法令の根拠があることを前提として、国民に対して十分説明し、理解を得ることを基本とする」としているが、憲法に想定された基本的人権を侵してはならない。施設の使用制限規定は憲法21条第1項に規定される集会の自由を侵害する恐れのある規定である。外出自粛要請・施設の使用制限などの対策は経済活動にも多大な影響を与えることが考えられるため、施設管理者の同意を前提とする慎重な運用を求めるものである。
以上