保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

対談 前進座×保険医協会 いい芝居は心の糧 若い世代と新たな時代を切り拓く 小島 靖 理事/前進座 嵐 圭史さん

公開日 2013年10月25日

小島靖理事と前進座・嵐圭史さん

創立81年目を迎えた劇団前進座の大黒柱・嵐圭史さんと、今年創立50周年を迎える東京保険医協会で、1973年以来理事を務めている小島靖理事が対談(10月9日、協会会議室にて)。

話題は11月に国立劇場で上演される山本周五郎作『赤ひげ』から、「在宅医療」や「TPP」まで飛び出した。「若い世代と一緒に新たな時代をつくりたい」と語る二人の思いは…。

「一生を、徒労に賭けても良い」赤ひげの台詞に共感

前進座「赤ひげ」

小島: 『赤ひげ』を前進座さんが初演されたのは1987年、会場は新築の青山劇場でしたね。私と西谷小枝先生(故人)を中心に協会で猛烈に宣伝活動をやって、500枚チケットを売りました。ここに当時の保険医新聞の記事が残っています。あの時の舞台は実に素晴らしかった。

圭史: ありがとうございます。東京保険医協会も今年で創立50周年ですね。まことにおめでとうございます。初演時には中村梅之助が赤ひげ(新出去定)を、私が青年医師の保本登を演じました。その私が1999年に赤ひげを演じることになった時には、時の流れを感じましたね。二枚目は遠くなりにけり…(笑)。青山劇場は現在閉館の危機にありますが、反対運動が根強く続けられています。私も存続を強く願っています。赤ひげの公演回数も500回を超え、劇団にとっても大きな財産演目となりました。私が赤ひげを演じるようになってからも、もうすぐ300回目を迎えます。

小島: 300回ですか。初演の時と、現在とで違いはありますか?

圭史: 初演の時は、商業劇場での公演でしたので、踊りや歌をふんだんに取り入れた、華やかな作りでした。私が赤ひげを演じるようになった時から、演出が変わりました。赤ひげの独白を取り込んだり、より原作に近づけた構成になったんです。お客様の反応も四半世紀前とは違って、厳しい台詞がいまは吸い込まれるように客席へと届いていくのが感じられます。

小島: その時代に合わせた変化というわけですね。「赤ひげ」といえば黒澤明監督の映画が有名ですね。何か影響を受けたりといったことはありますか?

圭史: あの映画は傑作でしたね。二木てるみさん演じる薄幸の少女おとよとの格闘のなかで、加山雄三さん演じる青年医師・保本登の成長を圧倒的な迫力で描いています。私どもの舞台では医療にたずさわる仲間たち、周りの人々、患者とのふれあいを通して、保本の心が開き成長していく様子を描いています。

小島: 映画版では三船敏郎さんが赤ひげを演じていましたね。

圭史: 実は私はメイキャップと三船さんのたたずまいを参考にしているんですよ。映画は演じるその人を素材として活かしていくのに対して、舞台は役を“つくる”ことが許されます。ですから若者から老人まで幅広い役柄を演じることができるのです。声も、演劇的な抑揚で表現するのではなく、むしろ、三船さん流のボソボソとした低音を駆使、その上で日常会話のリアリティを追っていきました。しかし初演の頃は、こうした役作りはまだ作り物の域を超えていませんでした。今では作っているという意識がなくなり、自然に舞台の上に生きることができるようになりました。

小島: やはり300回の公演が効いてきますね。

圭史: 1999年の時点で、保本登の役に大抜擢された高橋祐一郎をはじめ、以前とは全くちがうメンバーで始めることとなったのですが、彼らも『赤ひげ』を通じて役者としても人間的にも成長していきました。皆様に育てていただいたことを感謝しています

小島靖理事

小島: 『赤ひげ』が現代と重なっているという話がありました。今は在宅診療の取り組みが進み、私も多い時には45人の寝たきりの患者さんを看ていました。しかし、今の仕組みでは介護をする側の負担が大きすぎて、家族が先に参ってしまう。特養に入れようにも、100人以上の順番待ちという状態。政府は「在宅、在宅」と言うけれど、実態をわかっていません。とにかく医療費削減ありきです。

圭史: 在宅で最期を、というのは一つの理想ではあるけれど、それなりの社会的な基盤が必要だと思います。私自身もうすぐ後期高齢者の仲間入りですが、保険のしくみの複雑さ、負担の大きさに驚きました。つくづく老人に優しくない制度だと実感しています。TPPへの参加で皆保険制度が崩されてしまったら、国民の生活はさらに厳しくなるのではないでしょうか。

小島: その通りです。それから、消費税の増税がこの間発表されましたが、患者さんが負担するのではなく、我々の仕入れにかかってきます。中小病院は経営が成り立たないところも出てきてしまうのではないかといわれています。

圭史: 芝居の世界も同じ問題を抱えています。今でさえ高いと言われている観劇料金に転嫁するわけにはいきませんから。

小島: 芝居の切符には保険がききませんからね。

圭史: 劇中では、大名の往診に行った赤ひげが、高額の薬代を請求して、そのお金をすぐに貧しい人々のために使う様子が描かれています。本来政府がするべきことを、医師である赤ひげがやっている、という山本周五郎先生ならではの皮肉がこもっています。

小島: 厳しい情勢のなかで患者の命を第一に考え、権力にこびずに一生懸命がんばっている『赤ひげ』的な市井の医者は今もたくさんいます。さて、ずばり今回の公演の最大の見所はどこでしょうか。

嵐圭史さん

圭史: 難しい質問ですね。全てが見所といっても過言ではありませんからね(笑)。一つ私自身がとても気に入っている台詞を紹介しましょう。努力の甲斐なく患者が亡くなり、悲嘆に暮れる保本に対して、赤ひげはこう言うのです。「見事に生きた人間がまたひとり死んだ。救えなかった自分が情けない。未熟な医術が口惜しい。保本、死者を惜しめ。己の無力を怒れ。苦しめ。悩め。傷つくんだ」。保本を励ますと同時に、赤ひげの自分自身への怒りが伝わってくる名場面です。赤ひげは社会の矛盾に対して激しく物申すのですが、そうした台詞が浮いてしまわないのは、自分自身に対する厳しさの裏打ちがあるからこそです。

小島: 我々医師にとって、心に染みる名言ですね。

圭史: もう一つ、山本周五郎作品特有の人生観「徒労に賭ける」があります。「人間の本当の価値というものは何をしたかということではない。何をしようとしているかだ。成功、失敗、そんなことは結果にすぎない。俺達の努力は徒労に終わるかも知れないが、俺は自分の一生を、徒労に賭けても良いと信じている」。この台詞は私自分の心にも突き刺さるんです。

小島: 前進座劇場が今年の初めに閉館しましたが、これからの前進座について、お話しいただけますか。

圭史: 劇場自体の経営はそれほど悪い状況ではありませんでした。むしろ前進座本体の置かれている状況の方が厳しかったんですね。最近では夜の部の観客が減っています。6時半からの部でも間に合わないと言われます。経済的、時間的な余裕が失われていることや、趣味の多様化など、様々な要因が重なっていると思います。努力と創意工夫で打開していかねばなりません。

小島: この前、25年前と比べて、月々の診療報酬が平均して50万から60万円ほども下がっているとの調査を見て、愕然としました。社会の貧困は重大な問題です。

圭史: そうなんですか、お医者様の世界でも…役者の世代交代だけでなく、これからは若い新規の客層も開拓していかなければなりませんが、これは容易なことではありません。先日、ある病院で若い方々の集まりに出たんですが、『赤ひげ』という言葉の存在自体を知らない方が多いことにショックを受けました。

小島: 今では新聞も本も読まない、演劇や映画など全然観ないという人も多いですね。文明の危機ですよ。保険医協会にとっても難しい問題です。美術や演劇など、引き継いでくれる先生を探すのには苦労しています。

圭史: 演劇というものは、観る側の感性や経験なども動員して作り上げていくもの。いわば「人が人を描く芸術」という特性を持っています。それ故に、他の分野では味わえない感動をもたらすことができるんです。

小島: いい芝居を観た経験は、一生の心の糧になりますよね。私自身、初演の『赤ひげ』は忘れることのない大事な思い出です。こうした芝居の魅力をもっと若い方々に伝えていきたいですね。

圭史 自分の気がつかない細かい箇所でも、お客様は自分の体験のなかで受け止めてくださる。一つひとつの台詞を大事にして、演じていかなければなりません。これからは第3、第4世代が中心になっていきますが、私のような第2世代も、第一線を退いても劇団を縁の下で支える仕事を生涯続けていくつもりです。老骨に鞭打っていまも新たなお客様との出会いを求め、全国を飛び回っています。

小島: 最後に何か伝えたいことはありますか。

圭史: 『赤ひげ』は厳しい現実を描いていますが、恋物語、青春物語としての一面を持っています。劇中ではなんと3組ものカップルが誕生しています。若者への温かいまなざしにあふれた、明るい希望の持てる娯楽作品です。保険医協会の先生方には、ぜひご家族共に、あるいは身近な方々お誘い合わせの上、お越しいただきたいと思います。特に、若い先生方にご覧いただきたいと願っております。

小島: 劇団の益々のご発展を期待しています。今日はどうもありがとうございました。

(『東京保険医新聞』2013年10月25日号掲載)