公開日 2016年08月25日
急きょ持ちあがった都知事選では、小池百合子氏が他候補を大きく引き離して、初の女性都知事が誕生した。
自民党の元閣僚、それも防衛大臣であったにもかかわらず、自民党の推薦が得られず、東京都連からも公認を拒否されて、無所属での苦しい闘いであったが、逆風を推進力に変えて、都民を徐々に引きつけて行ったのは見事であった。遊説は八丈島から奥多摩まで足をのばし、山手線の各駅をくまなく回るという行動力を示し、SNSを駆使して緑をシンボルカラーにするというアイデアなど、企画力は他の候補に比べ抜きんでていた。
憲法9条は解釈を変えればよいと、安倍晋三総理に進言した思考には独自性がある。そればかりではなく、丁々発止の話術は、聴衆との対話を現出して、共感者を増やしていったようだ。他候補が、用意した話をくりかえす演説とは一味違っていた。不特定多数との対話力は、都知事の才能として得難いものがある。選挙に当たって自民党政府、あるいは自民党都連との間に深刻な確執があったが、今後の都政においてなれ合いに陥らず、是々非々の議論を戦わせる原動力となるならば、都民にとっては大きな財産となるだろう。
これまで社会保障費削減を主張していた小池氏が、保育と子育てについて「待機児童ゼロ」に転じたことには、期待するところが大きい。これまで国政でも都政でも語られてはいたが、いまだに実現していないことである。「女性が輝く社会」のためにも、「育児離職ゼロ」のためにも、ぜひとも待機児童ゼロを実現してほしい。ただしその方法として、保育所の基準をひき下げたり、過密化させることは望まれていない。女性である都知事には、安全で子どもたちの発達を支える環境をつくり、そこで働く職員にとっても働きがいのある職場として頂けることを、とくに期待したい。
もうひとつ特にお願いしたいことは、「1億総活躍社会」に異議を唱えることである。この言葉は、誰もが何らかの役割を持つことを期待する、善意のことばと理解できる。しかし国民のなかには活躍したくても活躍できない人がたくさんいる。また、活躍という言葉はGDPを押し上げることだけを意味しない。それどころか、経済最優先の行動が、社会に災厄を及ぼす可能性も示された。新都知事にはむしろ、「誰も犠牲にしない社会」を目指して頂きたいと思う。
東京には、独居高齢者の増加、低所得の非正規労働者、返せない奨学金に苦しむ若者、貧困母子家庭、健康保険証をとり上げられた人たち、無視や差別に苦しむ障害者などなど、格差と貧困の問題が溢れている。このような人達に光を当てて、一人ひとりの尊厳を大切にしてゆく考え方が、東北津波大震災、福島原発事故、沖縄の新基地建設、などに苦しむ人たちの救済にもつながっていくのではないだろうか。
新都知事には、憲法25条に規定する、生存権と基本的人権を保障する都政を望みたい。
(『東京保険医新聞』2016年8月25日号掲載)