【視点】「先進医療」に便乗する民間医療保険

公開日 2013年12月25日

須田 昭夫(東京保険医協会 政策調査部長)

須田 昭夫
(東京保険医協会 政策調査部長)

JA共済連は11月7日、「先進医療」にかかわる共済金を、医療機関に直接支払う覚書に調印した。契約相手はがん粒子線治療をおこなう指宿市の医学研究財団である。約300万円といわれる治療費を契約者が一時的に支払う負担が軽減されるという。しかし共済といえども、この覚書は民間医療保険のはじまりであり、数々の問題があることを指摘しなければならない。2013年、金融庁は、保険契約者の指示による形をとれば、保険会社は生命保険の給付金をサービス提供者に直接支払ってよいという方針に急転換し、この方式を「指図払い(=直接払い)」と名づけた。東京と神奈川の保険医協会はただちに金融庁に抗議した。「指図払い」が自由診療に使われれば第二の医療保険となるおそれがある。高額な治療や新薬が保険収載を回避することを民間保険が支えれば、やがて医療に経済格差が固定しかねない。

さらに日本における「第二の医療保険」は、その経済的価値の問題を抱えている。生命保険の医療特約には総額約5兆円の掛け金が支払われているが、がんの診断や入院、「先進医療」などによって加入者に還元されるのは、20%の1兆円にすぎない。

一方、医療機関の窓口で支払われる公的医療保険の自己負担金は、総額約5兆円である。窓口負担と同額の保険料によって安心を買っているにすぎないのだ。

差額ベッド代などは別として日本では、公的医療保険の治療を受けるかぎり、自己負担額には上限がある。年齢と収入にもよるが、入院の場合でも1ヵ月8,000円から15万円程度であり、入院期間は年々短縮されている。それを忘れて民間生命保険の医療特約に5兆円も支払っているのだ。トヨタ自動車の空前の利益でさえも2兆円に満たない。4兆円もの差額は大きすぎないか。医療特約のコストパフォーマンスは極端に悪いといえるだろう。

「先進医療」ということばは国民に幻想を与えて、生命保険の医療特約を拡大する切り札になっている。しかし「先進医療」は、厚労省が保険収載を判断するために少数の施設に許可した研究的(実験的)治療であり、期待が先行していても確立された治療法ではない。

平成25年3月現在、106技術が指定されており、これまでに63技術が保険収載されたが、38技術は効果を確認されずに「先進医療」の承認を失った。

「先進医療」費の総額は2011年6月末までの1年間にわずか98億円であり、医療特約5兆円のわずか0.2%である。しかもその80%の80億円は、進行がんに対する重粒子線治療(3施設)と陽子線治療(8施設)に使われた。この治療はまだ研究中であり、他の治療法に対する優位性は証明されていない。国民皆保険制度のもと、日本人が「先進医療」の恩恵を受ける機会はきわめて少ないのだ。

このような事実を隠して「先進医療」を囃したて、民間医療保険の増加に手を貸すのはいかがなものであろうか。公正な判断が待たれる。

新しい治療法も、効果が確認された後に公的医療保険に採用されてゆくべきであり、長期間にわたって保険収載を回避して、不当な高価格を維持するべきではない。この意味において、自由診療を完全自由化することは非人道的である。

(『東京保険医新聞』2013年12月25日号掲載)