TPP――「共済」で起きたことが全ての分野で起きる

公開日 2013年06月15日

本間 照光  (青山学院大学 経済学部教授)

本間 照光  (青山学院大学 経済学部教授)

トリックル・ダウン!?

自らが儲けることがみんなのためになる、あまる手からこぼれる―トリックル・ダウン、したたりおちるというのです。トリックル・ダウンでしょうか、それともトリック、だましでしょうか。

自分たちで命とくらしを守り社会を改良することを許さない、儲けを追求して保険会社になれ、なれなければ共済をやめろ、許されるのは保険を買うか買わないかの自由だけだ。これが共済規制でした。

PTAや障害者の共済さえも「保険業」として網をかぶせられ、廃止に追い込まれてきました。TPPが日本国憲法の上に立つことになります。国家の主権、経済主権、国民主権の放棄への道です。

日米保険合意と共済規制

1994年と96年に、日米保険合意が結ばれました。この合意では、日本の保険市場の開放について数値目標を決め、進み具合を米国が点検することまで決めました。それに対し、米国が約束したのは「州別規制の調和促進」でまったく逆です。合意が形成される前には、日本の保険業界とりわけ損害保険業界には、正当な主張がありました。「米国より理不尽としか言い様のない要求が次々と出されるという形で協議が進められ」「日本国内において十分な論議をした上での自由化でなく、日米協議において日本の保険の自由化が決められてしまったことは遺憾でありました」(井口武雄「損保協会長離任にあたって」『損保企画』No648、1997年7月)。

日本の保険会社破綻、外資への身売り

結果として、日本の保険業界は保険事業すなわち、社会のリスクを安定させるために不可欠な機能を失うことになりました。「協議の発端となった生損保の子会社による第三分野への参入問題からかけ離れ、算定会料率(注/最下段参照)の使用義務の廃止や火災保険、自動車保険といった損保の基幹種目の大幅かつ性急な自由化を求める内容となっている」(日本損害保険協会『日本の損害保険・ファクトブック1997』)。たくさんの事例を観察して「大数の法則」を踏まえなければ、保険制度は成り立ちません。当時、バブル経済の後遺症で逆ザヤに陥っていた生命保険業界は守勢に回り、積極的な発言がありませんでした。世界の金融史上に例をみない長期の実質ゼロ金利で、資金を米国に還流させ、銀行をも救済しました。これでは、資産運用益を見込んで保険料を割り引いている保険事業は成り立ちません。結果として、合意翌年の1997年から、日本の生命保険会社は次々と7社、国内会社の3分の1が破綻に至りました。他に、米系保険会社などに買収されたケースも少なくありません。

保険合意後は、この現代の不平等条約というべき事態に対して、保険業界からの反論が出なくなりました。日本の保険業界もまた、米国保険業界の意向に合流してマーケットを拡大することになったのです。

米国の圧力 不当な共済規制へ

日米保険合意の延長上に共済規制があります。日本で活動する米系企業約千社で構成する在日米国商工会議所(ACCJ)は、2003年、「無許可共済は遅滞なく金融庁及び保険業法の管理下に置かれるべきである」との意見書を金融庁に提出しています。同年、米国政府が日本に向けた「年次改革要望書」は、「全ての共済事業者に民間と同一の法律、税金…基準および規制監視を適用すること」を要求しています。実は、米国では共済組合はすべての連邦税、州税などが免税されているのです。米国全体の要求ではありません。

こうして、2005年4月の保険業法改定による共済規制となりました。さらに、日米首脳の亡国合意につながっています。「小泉純一郎内閣総理大臣とジョージ・W・ブッシュ大統領は、2001年6月に…規制改革イニシアティブを設置した。…共済…国会を通過した保険業法改正案…金融庁は利害関係者に対し、その要請に応じ…情報提供を受け、コメントし、関連の日本国政府職員や関係者と意見交換を行う有意義な機会を提供する」(「日米間の『規制改革及び競争政策イニシアティブ』に関する日米両首脳への第四回報告書」、2005年11月2日)。

問題をすり替えて 共済規制

無許可で不特定多数に保険を売る「無認可保険」業者を「無認可共済」とすりかえ、共済を規制し、業者には「少額短期保険業」として生き延びる道を開きました。実は、保険業法を改定するまでもなく業者への規制はできたのです。金融庁の官僚自身が法改定後に語っています。「不特定の者を相手方とした保険の引き受けを行う事業を行う者」「こうした者は、改正前の旧保険業法においても、改正後の新保険業法においても、保険業法に違反して無免許で保険業を行っていた者である」(保井俊之編著/豊田真由子・白藤文裕著『保険業法Q&A――少額短期保険業のポイント』2006年10月、保険毎日新聞社)。

TPP―社会保障が市場化される

農協共済や生協共済、労働組合の共済などは、当面、法の「適用除外」とされました。しかし、除外を解くことで、いつでも規制可能となっているのです。 さらに重大なのは、「次に掲げるものを除く」と「保険業」から適用除外されているもの、すなわち保険業の網をかぶせられ、いつでも保険会社と同一の規制可能となっているものには、「他の法律に特別の規定のあるもの」(保険業法第2条)があげられていることです。これには、健康保険、介護保険、公的年金、労災保険、雇用保険など、すべての社会保険と経済政策保険も入っています。すでにTPPにつながる社会保障解体への道が周到に準備されていることがわかります。

医療分野への攻撃は始まっている

このほど、金融庁の金融審議会ワーキンググループは、医療機関などへの保険金の「直接支払」を認める方針を示し、法の改定は不要だとしています。 保険法・保険業法では、生命保険会社による「現物給付」を原則的に禁止しています。また、保険金受取人に指定された人以外への保険金支払いは、保険契約法上の重要な変更事項です。2008年の保険法改定時の論議では現物給付への懸念が出され、認めないことになりました。このほどのワーキンググループの議論でも、現物給付には法的にも難点が多く批判がありました。クリアできないとみると、座長が「直接支払いサービスという形でも、むしろ対応できそう」と事実上の現物給付を方向づけたのです(2012年11月12日)。

なりふりかまわず、医療の混合診療などへの道を開いておこうとするもので、TPPへの傾斜の危険をあらわすものです。

TPPをはねのける広範な共同を

他国の国民が行っている助け合いの事業を、力づくで解体する―こうしたやり方を許し主権を放棄していっては、命もくらしも成り立ちません。TPPでは、共済で起ったことがすべての分野で起こります。これまでの団体や政党の枠を超えた大きな協同が求められています。共済規制をはねのけてきた経験を、今こそ多くの市民のなかに広げていく必要があります。

※注 算定会料率とは

算定会料率とは損害保険料率算出団体(算定会)に関する法律(料団法)に基づいて、損害保険料率算定会や自動車保険料率算定会が算出する保険料率のこと。 1998年までは、日本の損害保険では算定会料率の使用が義務付けられていたため、すべての損害保険会社の保険料は一律であった。1998年7月以降は自賠責保険と地震保険を除いては、保険会社ごとに異なる料率となった。

休保制度7年ぶり新規募集再開! 自主共済守る運動で勝ち取る

東京保険医協会保険業法改悪、共済規制をはね返す

2005年消費者保護を口実に保険業法が改定され、2006年から保険医休業保障共済制度(以下、休保制度)は普及を停止、維持管理の状態を余儀なくされた。「特定の者」を相手方とする共済事業へも保険業法の規制が適用されるようになったためだ。改定保険業法には適用除外項目があったが、適用除外となった団体はごく限定的で、多くの共済団体が存続の危機に立たされた。

消費者保護を錦の御旗として国からの批判を防ぎ、根拠法のある制度共済と一部の共済を適用除外にすることで、法案に反対する共済団体の分断をはかり、共済規制が強行された。 共済規制を推進させたのは国内外の金融・保険資本、在日米国商工会議所をはじめとする米国からの圧力であることは明らかである。

北海道から沖縄まで全国の保険医協会・医会が一丸となり、休保制度の適用除外を求め戦いを開始した。超党派の議員へ働きかけ、署名運動に取り組み、様々な団体と協同して「共済の今日と未来を考える懇話会」を各地に立ち上げ、自主共済を守る活動の先頭に立ってきた。その成果が実り、2010年11月保険業法の再改定がなされ、それを受けて2013年3月、休保制度の募集を再開した。

TPP参加が叫ばれる情勢のなか、共済制度への圧力が強まるのは必至だ。国民の命とくらし、共済制度を守る活動がますます重要になっている。

(『東京保険医新聞』2013年6月15日号掲載)