保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【コラム】銀杏並木

公開日 2016年11月25日

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 胎児期から国技館の枡席に通い、年3回は両国、日帰りで九州場所も観戦したこともある。

 幼稚園児の時、柏戸大鵬最後の取組となった千秋楽結びの一番は、母がセット中の美容室奥の、家庭の居間に無理矢理あがりこんででもテレビ観戦した。愛読書は月刊「大相撲」。次の本場所まで2カ月間、毎日読んでいれば出てくる漢字も全部読めるようになる。

 4歳で引越した「清瀬市梅園」は、相撲に出てこない「市」だけが読めなかった。就学時には、大鵬、麒麟児、陸奥嵐といった漢字を書き、幕内力士全員の所属部屋、出身地、年齢、得意技や四つ、優勝・三賞受賞回数、身長・体重などを丸暗記して諳んじていた。当時の記憶は脳髄に染み込んでいて、琴奨菊の前の日本人幕内優勝は二代目栃東で、その新大関の優勝は、昭和44年の清国以来33年ぶりだった、と反射的に気づく。

 現在なら、ポケモン博士君に当たるのだろうが、蘊蓄だけでは不健康。都下の小学校には広い校庭と土俵もあり、上級生に混じって野球か相撲ばかりの毎日。技術も父から教わり、テレビや雑誌でも研究していたから校内で125連勝したことがある。連勝ストップの場面の取り口は今でも思い出せる。

 一回だけ溜席(砂かぶり)の勝負審判長の直ぐ右後から観たことがある。力士の気合い、頭や体がぶつかり合った時の、音、軋み、砂けむり、力士がいつ落ちてくるかわからない緊張感は他では味わえない。今の些細な夢は、隠居した後の溜会への入会である。(チッチ)

(『東京保険医協会』2016年11月25日号掲載)

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