保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】高薬価維持のからくり(上) なぜ新薬は高いのか

公開日 2016年07月25日

東大名誉教授・醍醐先生写真

醍醐 聰(東京大学名誉教授)

 C型肝炎治療薬「ハーボニー」は1日1錠8万円、肺がん治療薬「オプジーボ」は年間26回の投与で3,500万円などと、高額の薬剤が話題になっている。米国についで薬の価格が高いといわれるのが日本だ。高薬価維持の仕組みを東京大学名誉教授の醍醐聰氏に聞いた。

患者と保険財政にのしかかる新薬の高額化

 Answers Newsがまとめた2015年度の国内医薬品売上高ランキングによると、トップはギリアド・サイエンシズ社の「ハーボニー」(C型肝炎治療薬)で、2015年9月の発売から7カ月間で2,693億円を売り上げた。2位は、同じくギリアド・サイエンシズ社の「ソバルディ」(C型肝炎治療薬)で1,509億円。また、2015年度比で2016年度の売上見込みの伸び率がもっとも高いのは2014年11月に薬価収載された小野薬品工業の悪性黒色腫薬・オプジーボ(4.96倍の1,260億円)だった。

 興味深いのは、これら上位の医薬品はいずれも、画期的な薬効を有する一方で、1日薬価が数万円という高額医薬品(「ブロックバスター」と呼ばれている)で占められているということである。なかでも、オプジーボは、体重60キロの患者に1年間(26回)投与すると3,500万円かかるといわれる。ハーボニーも服用終了までの3カ月間で670万円かかる。もっとも、高額療養費制度を適用すると、オプジーボの場合、患者負担は月約8万円にとどまるが、それでもこれだけの薬剤費をどの患者も自己負担できるわけではない。

 医薬品の高額化がこの先も進むと経済的事情から使用を中止する患者がさらに増えると予想される。

 また、肺がんの治療に適応が拡大されたオプジーボは、想定される5万人の患者が使用した場合、年間の薬剤費は1兆7,500万円に達し、現行の高額療養費制度の下では、その大半は保険財政の負担となる。このような状況を放置したのでは保険財政の持続可能性が揺るぎかねない。

 こうした状況を受けて、厚労省は高額な医薬品の価格算定に「費用対効果」の観点を導入する方針を定め、今年の4月27日の中医協総会に、検討対象としてソバルディほか7つの医薬品を選ぶ案を提出して了承された。「費用対効果」とは新医薬品が類似の薬効を持つ既存薬と比べて効果に違いはないのに相対価格が高額なら費用対効果が悪いと判断して、次期の診療報酬改定時を待たず、価格引き下げを検討するという趣旨だと説明されている。

新薬の高額化は今の価格算定制度の所産

 しかし、たとえば、英国で導入された医薬品利用に関する経済性評価の運用で見られたように、軽度の認知症療養について公的医療制度の適用を制限するといった措置が採用されると、患者の公的医療制度へのアクセスが家計の経済的負担力によって左右されたり、延命効果とそれに要する医薬品費が秤にかけられたりする恐れがある。また、高額の新薬については「適正使用の徹底・使用患者の厳格化も重要課題として急浮上し」「医薬品の有用性やコストを考慮し、使用にあたっての“最適患者”を検討・選択する時代に向かっている」(「ミクス On Line」2016年6月30日)という指摘もされるに至っている。こうなると、国民皆保険制度は瓦解するに等しい。

 ここで、重要なことは、画期的な新薬には多額の開発費がかかり、少ない需要に割りかけると高額化するのは避けられない、という説明を鵜呑みにせず、そうした説明の信憑性を検証し直すということである。

 たとえば、オプジーボの場合、一瓶(100㎎10mL)薬価72万9,849円は、

 製造総原価(45万9,778円)
+流通経費(4万5,953円)
+過去3カ年の平均営業利益率(16.9%)に60%加算した営業利益(17万055円)
=72万9,849円

という原価計算方式で算定されたものである。

 仮に、60%加算をしなければ、薬価に算入される営業利益は10万6,442円となり、それに伴う消費税の減額も併せ、公定薬価は66万1,147円(9.4%減)となったところである。

 また、オプジーボが72万9,849円という価格で薬価に収載された時点で見込まれた市場規模(市販2年後)は投与対象患者数470人、販売金額31億円と予測されたが、実際の販売額は初年度(2015年度)が212億円、2016年度予測額は1,260億円で、薬価収載時の予測額と大きく乖離している。その理由としては、オプジーボの治療対象が当初は悪性黒色腫(皮膚がん)だったのが、2015年12月から患者数5万人といわれる一部の肺がんにも保険適用で使用できるようになったという事情がある。いずれにしても、原価計算方式で単位薬価を算定する仕組みの下では、分母の販売数量を少なめに見積もれば、それだけ薬価が押上げられることは自明である。

 同様に、類似薬効比較方式で算定されたソバルディの1日薬価は6万1,799円(12週間投与で519万1,141円)となったが、これは100%の画期性加算が認められた結果、加算前は2万3,396円だったのが、加算後に4万6,793円となり、さらに外国価格との調整(1万5,006円だけ引き上げ)を経て、6万1,799円となったものである。

 これらは、各種加算制度によって薬価が当初の金額から大幅に押上げられた典型例であるが、新薬の高額化がこのような薬価算定の仕組みを通じて現れるものであることを国民の間でどれくらい周知されているのだろうか?

 もっとも、厚労省は、こうした薬価収載時の市場予測と市販後の市場規模、販売実績の大幅な乖離を受けて、従前の「市場拡大再算定」制度を見直し、2016年度から、新たに「特例市場拡大再算定」制度を設け、①年間販売額が1,000億円超、1,500億円以下で、かつ、予想販売額の1.5倍以上となるものについては最大で25%、価格を引き下げる。②年間販売額が1,500億円超で、かつ、予想販売額の1・3倍以上となるものについては最大で50%、価格を引き下げる、ことにした。これによって、ソバルディとハーボニーはともに31.7%の引き下げとなった。これで適正な再算定と言えるかどうかは新薬メーカーの営業実績と照らし合わせ、次回、検討する。

 もう一方の各種加算制度はどうか?現行の薬価算定制度は、類似薬効比較方式では、画期性加算、有用性加算(Ⅰ、Ⅱ)市場性加算(Ⅰ、Ⅱ)、小児加算などに細分された補正加算制度があり、最大で100%(画期性加算)まで5~10%刻みで、加算額が類似薬の市場価格に上乗せされる仕組みになっている。また、類似薬がない新薬の場合は、平均営業利益率に対し、マイナス5%~30%まで5%刻みで加減算した比率を総製造原価に乗じて算定された営業利益を価格に算入する仕組みになっている。

 ここでの有用性加算の加算率の決定は、(イ)類似薬と比べて高い有効性、安全性をどの程度、備えているか、(ロ)対象疾病の治療方法をどの程度、改善するものか、(ハ)臨床上の有用な新規の作用機序をどの程度、備えているか、などをポイントにして「薬価算定組織」が原案をまとめ、中医協に提出して議決する流れになっている。しかし、(イ)(ロ)(ハ)のどれをとっても判定者の主観、裁量に大なり小なり依存せざるを得ない。

 これに関して、筆者は5年前、薬価加算制度の運用実態をインターネットで調べていくなかで、次のような気になる情報を見つけた。それは、某民間企業が主催する「薬価取得交渉、有利な資料作成と加算要件」と題するセミナー(2011年5月31日開催)で、某大学の教員に転職した元厚生労働省薬価審査責任者が「当局との薬価取得交渉~薬価の算定基準・予測と当局の考える『値ごろ感』」というテーマで行った講演の告知文書である。主催者が記した講演の趣旨には、「薬価算定については、算定ルールが公表されているものの、比較対照薬の選定、加算の有無および加算率の選定など、いくつかの点で交渉する余地が残されている。これらへの対応を最近の薬価算定の実際を踏まえて考察する」と記され、第1部は「当局との薬価取得交渉 ~薬価の算定基準・予測と当局の考える『値ごろ感』~」というタイトルが付けられている。また、第2部では「高薬価・加算取得を目指した交渉戦略のポイント」として、「薬価戦略立案とシナリオ策定の具体的な進め方、薬価交渉を上手く進めるためには」という項目が挙げらている(外部リンク)。

 これほどに審査担当者の裁量、製薬メーカーとの交渉の余地が存在するような薬価算定方式では、透明性、信頼性、公正性に疑義が持たれてもやむを得ない。こうした大幅な裁量を含んだ行政担当者と医薬品メーカーの密室の交渉で各種加算が上乗せされ、それが新薬の高額化の一因となっていることを患者、医療関係者、国民は監視し、各種加算にどこまで正当な理由があるのか、薬価算定のプロセスの情報公開(特に「薬価算定組織」の議事録の公開)と併せ、質していくことが極めて重要である。

(つづく)

(『東京保険医新聞』2016年7月15日号掲載)